267球目 ゲームセットに抗わない

 球審きゅうしんの目は悲しそうにしぼんでいる。でも、その声は力強くはきはきしていた。



「えー。まずます雨が激しくなり、降りやむ気配が見られないため、本日の試合は、ここで終了とさせていただきます」



 満賀まんが校の生徒からはブーイングの嵐だ。中には、グラウンドにメガホンや靴を投げこむ奴もいる。



「ゲームセット!」



 勝った。やった!



 今回も厳しい戦いだったが、宅部やかべさんの好投、番馬ばんばさんの怪力、本賀ほんがさんの技あり打などがあって、勝利できた。あと、火星ひぼしの治療もナイスアシストだ。



「ありがとうございました!」



 満賀まんがナインは礼儀正しくあいさつする。津灯つとう龍水りゅうすいは笑顔で握手を交わす。



「甲子園行って、浜甲の面白おもしろ野球を全国に見せてくれや」


「はいっ! ありがとうございます!」



 敗れてもさわやかな笑みを浮かべる龍水りゅうすい監督。敵ながらあっぱれだな。他の選手達も涙をふきながら、必死に笑顔を作っている。



「試合続けろー!」


「こんなんで負けとか、ありかよー!」



 選手達は負けを認めているのに、応援団の一部は未だにゲームセットにみついている。



「もう我慢できへん!」



 なんと、1人の男子生徒が、スタンドからグラウンドに降りてきた。彼の手には火炎瓶かえんびんが握られている。



「クソ浜甲はまこう、これでも喰らえー!」



 男が火炎瓶かえんびんを投げようとしてきたので、俺達は慌てて散り散りになる。すると、龍水りゅうすいが俺達のたてとなり、瞬時に巨龍きょりゅう化した。今度は、日本昔話の龍のように、全身が細長い蛇状だ。



「神聖なグラウンドを汚すな」



 彼はショベルカーのすくうところ級の口を開けて、恐怖で固まった男を飲み込む。彼の首回りは、男の体のラインがくっきり浮かぶ。



 悪態あくたいをついていた満賀まんがフーリガンどもは、一斉にスタンドから球場の外へ出て行った。



「あ、あのー、その男は大丈夫なんですか?」



 俺が恐る恐るたずねると、龍水りゅうすいはヒゲを震わせて笑う。



「心配いらん。消化まで3時間かかるからな。それまでに出すつもりやで、おチビドラゴン君」


「は、はぁ……」



 俺はつるつるのドラゴン頭を尖った爪でかく。りゅうの胃袋に入れられた男は、恐怖で白髪になったり、つるっぱげになったりしないかなぁ。



 何はともあれ、3回戦に勝利した。あと5回勝てば甲子園出場……、まだまだ長いなぁ……。



浜甲000 001 3……4

満賀010 101 0……3



(4回裏終了)

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