150球目 腹に穴が開く打球は来てほしくない

 内外野全員がマウンドに集まり、伝令として真池まいけさんがやって来る。



「グル監は徹底的にインスト(内角のストレート)で攻めろって」


「えっ? 普通は逆じゃない?」


「グル監が言うには、あのぶっとい腕やったら、腕をたたんでインコース打つと窮屈になるって」



 リーチの長い外国人の強打者を抑える時と同じ方法か。俺にはあんな怖いバッターのふところに投げ込む勇気が出ない。



 しかし、甲子園出場を誰よりも望む夕川ゆうかわさんは、ゴリマッチョ虎獣人におびえない。拳を突き出して吠える。



「よっしゃ! インコース投げたろやないかい!」


「あと、レフト線にパワフルな打球がくる率高いから、サード水宮みずみやね」


「へっ? マジで?」



 俺の脳裏にサード針井はりいの表情が浮かぶ。山科やましなさんの打球でもかなり痛そうだったのに、ゴリマッチョトラ塩の打球をまともにくらったら……。



「みんな、しまっていこー!」



 津灯つとうの言葉が「死待っていこう」に聞こえた。これが漫画なら、俺の背後に鎌を持った死神が立っている。まだまだ生きてぇよ!



 取塚とりつか夕川ゆうかわ)さんはちゅうちょせず、インコースにストレートを投げる。左投手のストレートは右打者にとってのクロスファイアーになるので、打ちにくい。



 しかし、ゴリマッチョトラ塩は「ウガァ」と吠えて、砂ぼこり舞うフルスイングでボールをガブリ。



「ファール!!」



 俺の横を打球がジェット機の速度で飛んでいった。全く見えなかった。捕れるはずがない。



 あの打球が俺の腹にぶつかったら、間違いなく穴が開く。グローブでつかめば、手に穴が開く。頭に当たれば即死。



 許されるなら、今すぐここから逃げたい。俺の頭の中にいくつもの最悪な想像が浮かんで、1ミリも動けなくなった。



(浜甲学園勝利まであと2人)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る