5球目 チーター娘の告白が止まらない

 千井田ちいださんの顔中に黄色い毛が生えて、黒い斑点はんてんも生える。ヒョウに似ているが、目下に黒いアイラインがあるから、チーターだろう。



 彼女がチーター化したことで、陸上部員に動揺が走る。



千井田ちいださんて獣化できたんか」


「何か、いつもより可愛く見えるなぁ」



 彼女はウサギのぬいぐるみをそっと地面に置き、黒鼻をヒクヒクさせて涙を流す。



「ううう。何で、あたいがチーターやとわかったん?」


「モデルみたいなスタイルの良さ、キズをなめる仕草、とがった爪の三点セットやね」



 そんな薄い証拠では、チーター化の予想が立てられない。きっと、俺と同様に、事前に調査済みだったに違いない。



「チーターやから速いとか、チーターのくせに遅いとか言われるの嫌やったから、ずっと隠してきたのに。もうアカン、あたいの陸上人生終わりやん」



 さっきまでの殺気が消えて、パレードの着ぐるみみたいに愛らしさが増している。ネコ耳君なんか顔を赤くして、彼女をまじまじと見ている。



「さっき、YOURMOVEユアムーブで去年の先輩のレースを見ましたよ。前半はトップなのに、後半で失速してましたね。はっきり言わせてもらうと、100メートル走でトップ選手なるんはムリです」



 津灯つとうが追い打ちをかけるように言う。千井田ちいださんはうつむいて何も言い返さない。



「でも、野球は打席から一塁まで30メートル以下、千井田ちいだ先輩の俊足ぶりが発揮できます! その足で、メジャーの盗塁王にだってなれます!(※注)」


「メジャーって、アメリカの?」


「はい! 美味しいお肉がたくさん食べられますよ!」



 千井田ちいださんは尻尾を立てて、津灯つとうの顔をじっと見る。津灯つとう無邪気むじゃきな笑顔は、チーターを飼いならすのに充分だった。



「そんなら、あたい野球部入るやん。よろしくな、えっーと」


津灯つとう麻里まりです。これからもよろしくお願いいたします、千井田ちいだ先輩!」



 俺は「マジか……」と天を仰ぐ。こんな卑怯ひきょうな形で部員をゲットするとは思わなんだ。



 陸上部員はキツネにつままれた顔で、2人のやり取りを見ていた。ただ1人、ネコ耳君だけが涙をぬぐい、鼻水をすすって拍手している。感動要素あったっけ?



(水宮入部まであと7人) 



注:この世界では、女性のプロ野球選手やメジャーリーガーが誕生している設定です。女性の高校野球参加も許可されています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る