336球目 若手監督は頭が高くない

 セミがせわしなく鳴くブルーオーシャン神戸こうべ球場前で、良徳りょうとく学園の尊宮たかみや次郎じろう監督がスマホを耳に押し当てて、頭を下げまくっている。



「はい、はいっ! その通りにいたします。すみません。はい。勝ちます。失礼します!」



 尊宮たかみや監督は通話が終わると、魂が抜けるようなため息を吐く。そんな疲れ切った彼の前に、人間1人入れそうな巨大リクガメが立ち止まる。



「お疲れのようじゃな、尊宮たかみや監督」



 白いヒゲの生えた亀の頭が、しわがれ声を発する。



「あっ、亀羅かめら監督! お疲れ様です!」



 尊宮たかみや監督は再び頭を下げた。この亀羅かめら不止男ふじお監督は御年85歳で、各地の高校を甲子園に導いてきた老将である。8年前から臨港りんこう学園の監督に就任し、春と夏1度ずつ甲子園出場を果たす(春はベスト8、夏はベスト16)。



 一方の尊宮たかみや監督はまだ41歳、4年目の若手監督だ。今年のセンバツで就任後初めて甲子園出場を果たしたが、初戦敗退に終わっている。



「誰からの電話じゃ?」


刈摩かるま君の父親からですよ。今日は息子を100球前後投げさせろと。注文が多いねん、ホンマにぃ!」


「大変じゃなぁ。そんで、1戦ごとに投げるイニング数を増やしとったけぇ」



 刈摩かるまは初戦に1イニング、2戦目に3イニング、3戦目に5イニング、4戦目に7イニングを投げ、全て無失点に抑えている。兵庫ひょうごの高校野球ファンには、大会ナンバーワン左腕と評されている。



「その通りです。大事な1年生Pですし、刈摩かるまさんからは質の良い用具を提供させていただいてますから、文句言えませんよ」


「それで結果を出しとるから大したもんじゃけぇ。よし、ワシの生野いきのと、そっちの刈摩かるま、どっちがええ投手か投げ合いたいのう」


「もちろん、刈摩かるま臨港りんこうのノーバントノースチール打線を抑えるので」


「えらいこと言うたのう。生野いきの良徳りょうとくのダイナマイト打線を不発にさせるんじゃけぇ」


「準決勝か決勝でお会いしましょう」


「おう! 負けるんじゃねぇぞ!」



 亀羅かめら監督はサブ球場に向かって、ノロノロ歩いていく。尊宮たかみや監督はその姿を見て、絶対に勝ってみせると、密かな闘志とうしを燃やしていた。



(続く)

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