391球目 エースは限界まで投げない

 悔しいけど、今の俺に良徳りょうとく学園の強打者たちを抑える力はない。ゲーム終盤なら宅部やかべさんや取塚とりつかさんにマウンドを譲ったが、まだ5回だ。俺が投げる他ない。



 一般的な柔道部員にりついて30球限定の名投手に変えた夕川ゆうかわさんなら、俺のポテンシャルを最大限に発揮してくれるだろう。



「頼んます。いて下さい!」



 取塚とりつかさんの鼻の穴からボワッと幽霊ピッチャーが現れる。



「あー、ワイは別にええけど」


「良くないガァ!」



 いつの間にか、妖怪退治のスペシャリストの烏丸からすまさんが駆けつけてきた。



「1人の体に複数の魂がある状態は、とても危険なんやで。取塚とりつか君は霊媒れいばい体質やから、夕川ゆうかわに完全に意識乗っ取られんけど、一般人の水宮みずみや君の中に入ったら――」


「そんなぁ。人を悪霊扱いせんといてや」


「30年も浜甲の生徒に憑いとったら、立派な悪霊ガァ!」



 烏丸からすまさんの言うことが本当なら、俺の体が夕川ゆうかわさんに乗っ取られる恐れがある。正直言って怖い。でも、それ以上に、俺が打たれまくって良徳りょうとくに負けて、野球部が無くなる方がもっと怖い。



 俺はもう覚悟の準備が出来ている。グル監と烏丸からすまさんを見てから、夕川ゆうかわさんに視線を合わせる。



「チームが勝つために必要なんです! お願いします!」


水宮みずみや君……」


「よっしゃ、わかった。入ったるわ!」



 夕川ゆうかわさんが俺の鼻の穴へとスルスルと入っていく。俺の意識は遠くなり、眠るように真っ黒になった。



(続く)

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