340球目 三振を引きずらない

 臨港りんこう学園のベンチはあっさり先制点を挙げたので、楽勝ムードがただよっていた。



「コントロールはええけど、しょせんは1年Pや。ボールの威力がないわ」


「今日もコールドでちゃっちゃと終わらせよ」


生野いきの、無失点で頼むで」



 皆の声は明るくはずむ。ただ1人、鰐部わにべは浮かない顔で、さっきの空振りを思い出す。



「タイミングは合っとったのに、何で……」



 ストレートが、バットから逃げるようにおじぎした。だが、単におじぎするストレートなら、鰐部わにべは夏大の初戦でホームランにしている。



 そもそも、高校野球の金属バットは芯が大きいので、ボールが多少変化してもとらえられる。よって、変化の小さいツーシームやシュートは、強打者なら簡単に打てる。



「落ちるストレート、そんなんあるんか……」


「何をぼさっとしとるんじゃ、鰐部わにべ! 早う、サード行け!」



 亀羅かめら監督に怒鳴られた鰐部わにべは、ハッとしてグローブをはめて、サードへ走った。



「高速フォーク? スプリット? いや、それやったら、もっと落ちるやろ……」



 彼はバルカンチェンジという球種を知らない。それどころか、自分の方へ打球が来ているのも知らなかった。



鰐部わにべ!」



 生野いきのの叫び声で、鰐部わにべは目の前の打球に気づく。慌てて捕ろうとしたが、左ひざにボールが当たる。



「あっ、あわわ」



 彼は慌てふためきながらボールをつかみ、ファーストへ投げた。しかし、とんでもない暴投になり、1塁側ファールグラウンドへ転がっていく。



鰐部わにべぇー!」


「ごっ、ごめん、ごめん」



 鰐部わにべの頭は真っ白になる。もう、水宮みずみやの変化球の謎を考える余裕はない。



(続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る