108球目 刈摩の誘いに乗らない

 俺は全く心の準備が出来ていたいなかったので、首をかしげて刈摩かるまの言い直しを待つ。



「転校だよ、転校! 転校すると1年間公式戦に出られないが、今転校すれば、2年の夏大で私と君の左右の二枚看板が完成するよ」



 彼は上半身だけで投球モーションを見せる。甲子園常連校の良徳りょうとく学園には魅力を感じる。だが、俺の全身はもう浜甲はまこうにどっぷりつかっている。



刈摩かるまに悪いが、その誘いは断るよ。俺は浜甲はまこうのエース、お前は良徳りょうとくの未来のエース、進む世界が違うから」


「そ、そんなぁ。同じ神奈川出身で、兵庫県に越境えっきょう入学してきたのに、運命を感じないのかい? 私と君は二人で一つになるべきなんだ」



 刈摩かるまの目に一点の曇りがない。冷えた笑みもない。本気で俺の能力を買っているのだろう。



 しかし、始業式直後、津灯つとうの「野球部に入って下さぁーい!」という勧誘かんゆうから、俺の運命は決まっていたのかもしれない。



 チーター娘やIQ156、バスケスター、赤鬼番長、ロックンローラー、幽霊ピッチャー、カラス天狗、本の虫、宇宙人、ゲーマーと出会っていく内に、野球の面白さに気づかされた。彼ら以外のチームメイトは考えられない。



「俺は浜甲はまこうを出る気はない。どんな大金を積まれても、この気持ちは変わらない」



 言い切ったぁ。こういうセリフ、人生で1回言ってみたかったんだよなぁ。



「そうか……。君の学費の全額補助も考えていたけど、しかたないね」



 彼はうつむき、カップの表面をじっと見ている。



良徳りょうとくは力のある選手が多いけど、私みたいな頭脳派がいなくてね。あの四球の意味をわかってくれて、嬉しかった」


「100人ぐらい部員いるんだから、きっと刈摩かるまの理解者は現れるよ」



 ってか、10人ぐらい浜甲はまこう野球部に分けてほしい。



「そうだね。あぁ、君に忠告なんだが、浜甲はまこうの理事長夫人の野球嫌いは筋金入りだから、気を付けた方がいい」


「その情報のソースは?」


良徳りょうとくの理事長だ。私の父上と理事長は仲良くて、よく家に遊びに来てくれるんだ。その時に話してくれたよ。「浜甲はまこうの理事長はあんなに野球好きだったのに、最近は野球に全く興味がない。きっと、妻のアンナの仕業に違いない」ってね」



 理事長夫人の野球の敵意は知っていたから、今さら驚かない。



「ありがとう。俺は理事長夫人にも、刈摩かるま良徳りょうとく学園にも負けないから、心配しないでくれ」


「フフフ。もし野球部が無くなったら、いつでも私の高校に来ればいいよ」



 彼がマネキンみたく白い左手を差し出す。俺はその手と熱い握手を交わす。最初はクソ嫌味金持ち野郎と思っていたが、中々いい奴じゃないか。



「坊ちゃん、着きましたよ」



 刈摩かるまカーが俺のマンション前に着いたので、ここでお別れだ。夏大の予選会場で会うのを楽しみにしたい。



(夏大予選まであと47日)

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