182球目 バットの神様が都合よく現れない

 八木やぎ学園は経営不振のため、金のかかる部活動を廃部はいぶにしている。15年連続で夏大なつたい予選初戦敗退の野球部は、真っ先にそのターゲットになった。



「あーあ。1回戦突破なんてムリやわー」


「3年はええけど、2年の俺らは野球なかったら、どないせぇっちゅうねん」



 予選開始の2週間前、木津きづキャプテンをのぞいて、部員のやる気は皆無だった。



「やってみなきゃわからんぞ。俺の鉄腕が相手を0に抑えりゃ勝てる!」



  木津きづがど真ん中低めにストレートを投げこむ。ミットはいい音を立てるが、ナインはタメ息を吐く。



「せやけど、俺らが点取らんかったら勝てへんやん」


「春も延長のタイブレーク(※注)で負けてもうたし」


「そなたらの悩み、このバットの神様が叶えてしんぜよう」


「誰や!?」



 八木やぎ学園球児の前に、東南アジア風の奇妙な面を付けた怪人が立っている。その声はヘリウムガスを吸ったように、甲高い声だった。全身を黒いマントで包み、怪しさMAXである。



「この黄金のバットで、そなたらのパワーがアップする」



 怪人が中尊寺ちゅうそんじ金色堂こんじきどうのように輝くバットを差し出す。それを受け取った殿田とのだは、木津きづに対してこう言う。



木津きづ! ストレート投げてくれ」


「あいよー。打てるもんなら、打ってミロのヴィーナス」



 殿田とのだ躊躇ちゅうちょせず、木津きづのストレートをフルスイングする。今までの練習で聞こえなかった快音を残して、打球が外野フェンスを越える。



「すっ、スゲー。このバット、めっちゃ飛ぶ―!」


「んなアホな。他の奴でやってみぃ」



 殿田とのだ以外の打者も、次々とオーバーフェンスの打球を飛ばした。怪人がくれたのは、超高反発バットだったのだ。



※※※



 2回表の先頭打者の大路おおじも、超高反発バットで水宮みずみやのストレートを打ちくだく。



「ファール!」



 ファールになったが、ライトのポールに当たりそうな大飛球だ。



「ハァー。ヤッバ。このバット、パねぇわ」



 大路おおじは自分だけに聞こえる声量で、ひとり言をつぶやいたつもりだった。しかし、東代とうだいの耳はそれをしっかり聞いていた。彼のモノクル越しの左目がキラリと光る。



(続く)



注:ゲー聞こ界では、春季大会は延長10回以降、無死1・2塁の場面から始まります。

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