ゲームセットは聞こえない～超能力野球奇譚～

279球目 ファールはいくら打ってもアウトにならない

　あああ、尺村（しゃくむら）と目が合ってしまった。彼女の目は山猫のようにギラギラして、とても怖い。背筋が凍りそうだ。

　落ち着け、落ち着け。尺村（しゃくむら）は、この回の3番目の打者だ。目の前の打者をアウトにしていくだけだ。

　洗足（せんぞく）、花合（はなごう）を連続三振に取って、2死ランナーなしで尺村（しゃくむら）を迎える。

　今日の俺はすこぶる調子がいい。ストレートは130キロ台後半で安定し、スライダーは左打者に当たりそうなぐらいキレて、チェンジアップはハエが止まりそうなほどブレーキが利いている。尺村なんか目じゃないぜ。

　初球はインコースのストレートだ。

「ファール！」

　おっ、打ってきた。真後ろのファールだから、タイミングが合っている？

　2球目はアウトコースにチェンジアップ。

「ファール！」

　これも、体が泳ぎながらも喰らいついてきた。ノッポに似合わぬ器用なバッティングだな。

　3球目はインコースに食い込むスライダー。さすがに、これは打てないでしょう。

「ファール！」

　ゲッ、また打ってきた。思いっきり引っぱってのファールだ。

　4球目はアウトハイにストレート。

「ファール！」

必死に当てにきている。

　5球目はインローにチェンジアップ。

「ファール」

　6球目はアウトローにスライダー。

「ファール」

　7球目は真ん中低目のストレート。

「ファール」

　8球目は敬遠気味の遊び球。

「ファー」

　もう、投げるボールがないよ。あっ、ここで、練習中のバルカンチェンジか。強豪（きょうごう）校相手に使うと決めているから、ボコ打たれた1回戦以降、封印していた魔球だ。この不気味なバッターを打ち取りたいなら、しかたねぇか。

（続く）