195球目 チーターはもう迷わない

 照りつける太陽の下、千井田ちいだ純子じゅんこはクラウチングスタートの姿勢で1塁を踏む。



 彼女はヒゲを伸ばしがら、5年前の夏を思い出していた。



※※※



 彼女が小学6年生の夏、小学生の100m全国大会決勝に進んだ。彼女はチーター化して、ピストルの合図を待つ。



「セット……、スタート!」



 彼女は序盤から飛ばす。30m付近では、横に誰もいない。勝利を確信する。



 しかし、右端のレーンから、風を身にまとうランナーがスピードを増して、彼女に迫る。



 彼女は逃げる、逃げる、逃げ、逃げ切れなかった。



 全国優勝を逃した彼女に対して、チームメイトから心もとない言葉がかけられる。



「あんな奴に負けるなんて、それでもチーターかよー」


「ホンマにがっかりー」



 チームメイトは冗談のつもりで言ったが、彼女の耳にはそう聞こえなかった。



 その日以来、彼女は公の場でチーター化を封印してきた。津灯つとうに出会うまでずっと……。



※※※


 

 津灯つとうに「メジャーの盗塁王になれる」と言わしめたチーター脚は、果敢かかんに次の塁を狙う。



 2塁を盗み、3塁を盗み、最後は本塁ホームを狙うのみ。



 飯卯いいぼう監督はスクイズのサインを出す。



 木津きづが左足を上げると同時にチーター・ラン。東代とうだいがヒッティングからバントに切り換える。ボールが高くはずされる。東代とうだいがジャンプしても、バットがボールに届かない。スクイズ失敗だ。



 それでも、彼女の足は止まらない。ホーム上のチーターとキャッチャーの攻防戦。



 勝ったのは、チーターの脚か、キャッチャーのミットか。



(続く)


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