13球目 常に一人称とは限らない

※今回は三人称です



 山科やましな時久ときひさは、次のフリースローを外せばバスケ部退部という局面で、浜甲学園はまこうがくえん入学直後のことを思い出していた。



 2年前の山科やましなは、家から徒歩5分という理由で、浜甲はまこうに専願受験で合格した。中学時代はボーイズリーグでホームランをよく打っていたので、高校の野球部に入るのは確定路線だった。



 しかし、浜甲はまこうは20年近く野球部が無かった。ゴミ捨て場と化した野球練習場を見て、彼はあ然とする。



「野球部は復活させて見せる、この僕の瞳で!」



 彼の瞳は女性を彼のとりこにする超能力があった。誘惑の瞳を使って、千針せんばり晴菜はるなを手に入れ、2人で野球部勧誘かんゆうを頑張った。しかし、彼が誘惑の瞳を使っても、千針せんばりが顔中針だらけにして脅しても、一向に部員は増えなかった。



※※※



 4月下旬になり、山科やましな千針せんばりは、学校近くの浜辺のテトラポットで話し合う。



「ねぇ。山科やましな君って、まだ野球諦めてへん?」


「もちろん。転校する手もあるけど、やっぱここで野球やりたいね」



 千針せんばりは「そっか」と言ってうつむく。山科やましなは彼女にクエスチョンマークの瞳を向けて、優しくイケボでささやく。



「言いたいことがあるんなら、言ってごらんよ。心の中でためらっていたら、どんどん辛くなっちゃうよ」



 彼女は意を決して、本音を早口でしゃべる。



「あっ、あのね、山科やましな君は野球にこだわらんくてもいいんかなって。せっかく、身長高くて、身体能力も結構あるんやから、どのスポーツやっても成功するって。あたしが保証する!」


「なるほど。千針せんばりさん、ありがとう。僕はやるよ、日本一、いや、世界一のスポーツ選手になってみせる!」



 山科やましなはすっくと立ちあがり、夕陽に向かって拳を突き出す。その力強い声と姿勢に魅せられて、千針せんばりの頬は夕焼け色になっていた。



※※※



 その後、山科やましなはバスケ部に入部し、1年秋からレギュラーをつかんだ。2年夏は県大会決勝で敗退したが、対戦した良徳りょうとく学園の監督の推薦で、全日本代表の合宿に参加できた。



 3年生になり、インターハイ出場を目指して頑張っていた矢先に、野球部入部フラグのフリースロー対決をしてしまった。



「僕は負けない。全世界のバスケファンのためにも、ファンの女性達のためにも、絶対に勝つ! 勝ってみせる!」



 山科やましなはゴールネットに向かって拳を突き出す。彼の顔は青から赤に変わり、情熱の赤いオーラがまとわり始める。ボールを突きながら、呼吸を整えて、投げるタイミングを計る。



(水宮入部まであと6人)

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