323球目 ベンチにスケブを持ち込むのは良くない

 兵庫連合の監督はかなり変わっている。マウンド上で集まった選手たちの様子を、スケッチブックに鉛筆で描いていた。



「青空と球児は絵になるねぇ。ピンチの場面ならなおさらやし」



 一打逆転の場面なのに、平然と芸術論(?)を語っている。グル監よりクセが強いぜ、この人。



宮田みやた君、伝令に行って。津灯つとう敬遠けいえんして、取塚とりつか勝負で」


「はい。えっ?」



 勝負する雰囲気のナインに割って入って、敬遠けいえんを伝えるってヤだなぁ。



「何で敬遠けいえんするんですか?」


「満塁にした方が守りやすいからに決まっとるやろ」



 試合中に絵を描く以外は、至極しごく真っ当な監督だった。



※※※



 俺がマウンドに行って敬遠けいえんを伝えれば、案の定、バッテリーにブチ切れられた。



「ハァ? 敬遠けいえんしたら無死満塁やんかぁ」


「てめぇ、うちにワザと負けてもらお思て、テキトーなことぬかしとんのか!」



 瀧口たきぐちが俺に詰め寄って来る。顔が近いよ、怖いよ。



「監督が満塁にした方が守りやすいって言ってたから」



 俺がベンチをあごで差すと、海原かいばら監督がえびす顔で笑い、頭の上で両手を重ねて〇印を作っている。瀧口たきぐちはタメ息を吐いて、キャッチャーマスクをかぶる。



「しゃあないなぁ。奥良おくら取塚とりつか以下は全力で抑えろやし」


「もっちろん! あたしの全力投球、ちゃんと捕ってや」



 全力で投げなくていいし、取塚とりつかさん達に打たれてくれと願いながら、俺はベンチへ戻った。



(続く)

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