89球目 特訓は1日で終わらない(土曜日)

 土曜日の特訓は学校裏の浜辺を使ったトレーニングだ。



「午前中で終わりって、超楽勝やん」


「午後からはファンクラブとカラオケや」



 ランニングとキャッチボールだけと聞いて、浮かれる部員たち。だが、俺はこの砂浜トレーニングの辛さを知っている。砂浜は地面がボコボコで、普段の倍以上の負荷が足にかかるのだ。



 きっと、1時間後には多くの部員が根を上げるだろう。



「50mダッシュ3本目! よーい、ドン!」



 千井田ちいださんはペース配分を考えずにサバンナダッシュだ。他の部員も触発されて、運動会並みに速く走る。俺と津灯つとう宅部やかべさんは、シャトルランの序盤程度のスピードで抑える。



「どんどん鍛えて甲子園行くよー」



 浜辺のサイクリングロードを通る人々が、俺達を物珍しく見ている。ひたすら野球部がダッシュを繰り返す光景は、シュールに見えるのだろうか?



 50mダッシュは10本目辺りから、急に足が痛重くなってくる。他の連中も太ももを叩いたり、屈伸をしたりと、異変に気付いたようだ。グル監が休憩を取ってくれたが、すぐには治らない。



「あと10本、頑張ってねー!」


「カァァァ! もうやだー、飛びたーい!」


「グル監の鬼ぃ! 俺様より鬼!」



 皆は口々に文句を言うが、俺は飯卯いいぼう監督を信じているから、何も言わない。



 あの理事長夫人に無理難題押し付けられても、めげずに様々な特訓メニューを考えてくれるなんて、素晴らしいじゃないか。



 体は重苦しいが、心は一歩ずつ甲子園に近づいている気がする。俺は足を止めない。嫌な過去は振り返らずに、前へ前へ進むのみだ。



(夏大予選まであと76日)

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