88球目 特訓は1日で終わらない(金曜日)

「バット100回振るまで帰れません!」



 金曜日は早く帰れると言うグル監の言葉で安心しきっていた俺達は、一気にテンションが下げ下げだ。100回なら今までの特訓と比べてマシかと思いきや、グル監が金属バットを載せた台車を運んでくる。



東代とうだい君と共同開発の100回目に鳴るバット。中にカウンターがついていて、100回目にブザーが鳴るよう設定してるわ」


「このバットを100回ね、おもたっ!」



 山科やましなさんがバットの重さで腰を抜かす。次々と俺達もバットを取ったが、ズッシリとしたバットに悲鳴が起きる。



「このバットはジャパンにおける2キロのヘビーです。ノーマルなバットのトゥータイムズ2倍あります」


「マジかよ……。これ100回て、かなり鬼畜きちくだ」


「フン! 100回振ったら帰れんなら、ひたすら振るまでよ!」



 番馬ばんばさんと宅部やかべさんが鬼瓦おにがわらの表情でバットを振り回す。



「あっ。言い忘れとったけど、ゆっくり振らないとカウントされないからねー」


「何ぃ!? 先に言うてくれよー」



 ただでさえ重いバットを100回ゆっくり振るなんて、極悪ごくあくすぎる。



 適度な休憩とグル監特製のおにぎりがなければ、クーデターが起きていたことだろう。



※※※



 1時間後、グラウンドには、グル監と俺と津灯つとうだけが残っている。100回じゃ飽き足らず、いつの間にか500回ぐらい振っていた。



「監督は野球好きですよね。色んな練習方法考えるから」


「いやいや、私は素人よ。ネットや本で調べまくっただけよ」


「そうなんですかー?」



 津灯つとうとグル監のガールズトークを聞いた俺はしかめっ面になる。素人なんて真っ赤な嘘だ。いきなり強い高校と試合させて、部員の危機感を高めたに決まっている。



「じゃ、俺、そろそろ帰ります」


水宮みずみや君、おつかれー」


「お疲れ様ね!」



 俺のユニフォームは汗だくだ。静かなロッカールームで制服に着替えてから、他の部活を尻目に正門へ向かう。



「練習、お疲れ様」



 正門前で理事長夫人が立っていた。彼女の口元は笑っているが、目が死んだ魚だ。



「どうもです」


「頑張って早く負けてね」



 なっ、何だ、こいつ? 生徒に対して敗北を期待する発言って。野球部廃部を言ってきたのは理事長だけど、実際に決めたのはこの人じゃなかろうか。



「いや。悪いですけど、俺達は甲子園行っちゃうんで」



 中指立てる代わりに、軽く舌を出して去っていく。理事長夫人は眉間みけんにしわを寄せて、おばあちゃん顔と化す。



 エースの俺に、IQ156のキャッチャー、俊足チーター娘、赤鬼番長、カラス天狗、宇宙人、幽霊などの豪華メンバーが集まっているんだ。あんたの思惑おもわく通りにいかないよ!



 あれ? なんか俺、野球漫画の熱血主人公と化してないか?



(夏大予選まであと77日)

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