87球目 特訓は1日で終わらない(木曜日)

 月曜に月に向かって打つ練習、火曜に灼熱しゃくねつのサウナ地獄、水曜に水上キャッチボールだったので、木曜は木に関する何かだろう。



 案の定、木製バットを使った練習だ。



「今日はバント練習やります」



 真池まいけさんの目がキラキラしている。宅部やかべさんは下唇を出っ歯でかんで、不満たっぷりだ。



「金属バットはボールを飛ばしやすい反面、バントするとかなり転がっちゃうんよね。せやから、この木ぃのバットで、打球を殺すのに慣れてもらいます」


「任せといて、グル監。オレはアコギも得意やから、木製バットでもビューティフルなバント決めるで」


真池まいけ君。あなたはずっとファースト守って」



 真池さんの顔がバラードを歌っている時に変わる。



「バントする人は、どこにボールを転がすか、バントされる側はいかに阻止するか考えながらやってね。最初はピッチャー水宮みずみや君、キャッチャー東代とうだい君、ファースト真池まいけ君、セカンド宅部やかべ君、サード番馬ばんば君、ショート津灯つとうさんで守って。バッターは残り6人で順番に! ランナーは私がやるわ」



 バントの阻止かー。俺はできるだけ早いモーションでストレートを投げるだけだな。東代とうだいのサインは低めのストレート、バントしにくいコースへの要求はさすがだ。



 烏丸からすまさんに対してストレートを投じる。シュート回転したのか、烏丸からすまさんのふところへ入る。これは究極にバントしにくいコースだ。



 しかし、烏丸からすまさんは即座に右ひざをついてしゃがみ、バットを逆さまにしてバントする。サード前への絶妙なバント。何という早業だ。



「カァー。普段の悪霊あくりょう退治が活かされたでー」


「お見事です、烏丸からすま先輩」



 津灯つとうに拍手されると、烏丸からすまさんの口ばしが少し赤黒くなった。



 それにしても、真池まいけさんに続くバント名人が出てきたのは大きい。二塁にランナーを置けるチャンスを増やせるからな。



 6人のバントが終わった後、俺が打席に入る。マウンドには取塚とりつかさんが登る。すでに熱血球児の夕川ゆうかわさんが前面に出ている。



「バントは簡単に決めさせへんでー」



 取塚とりつか夕川ゆうかわ)さんが吠えながら、俺に向かって豪速球を投げる。当ててみせ、あっ、左手と右手の間、バットの真ん中に当たった。



 バットが木っぱみじんになり、ボールがキャッチャーミットに収まる。俺は腰が抜けて、ただただ笑う。



「ネヴァーギヴアップです、ミスター・ミズミヤ」



 東代とうだいの目は真剣そのものだ。俺は尻の砂を払いながら答える。



「ハハハ、そうだな。あきらめたらゲームセットだもんな」



 俺は立ち上がり、新しい木製バットを持って、バントの構えをする。ボールを怖がってはいけない。必ず打球を殺す。



 急に真池まいけさんのバラードが耳に流れてきて、落ち着きを取り戻す。



 再び怨念おんねんの豪速球。今度はバットの先端に当てる。サードのポップフライになったが、バットを折らずに当てられた。一瞬で成長したぞ、俺!



「水宮君。オレの『ベースボールパークに君はいない』を聴いたから、バント上手くなったなぁ」


「えっ? マジで歌ってたんですかぁ?」



 恐るべし、真池まいけさんの歌唱力。もっと守備も上手くなってほしいけどね。



(夏大予選まであと78日)

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