298球目 人を呪わば人間性を保てない

 浜甲はまこう野球部の試合終了の数時間後、ラグビー部監督就任予定の園田そのだが、浜甲学園の理事長室を訪れた。



「失礼しまーす。あれ?」



 理事長夫人の姿が見当たらない。ふと床に視線を落とせば、平べったい茶色の魚がピチピチ動いていた。



園田そのだ君、私を水槽に入れて!」



 急に魚が人語を発したので、彼は腰を抜かす。



「うわぁ! カレイがしゃべったあああああ!」



「ヒラメよ! 呪いが失敗して、この姿になってしまったのよ。早く入れなさい!!」


「あっ、理事長夫人ですか? はい、入れます」



 彼は布でヒラメ理事長夫人を包み、そっと水槽の中へ入れる。ヒラメはゆっくりと水槽の底へ沈んでいった。



「呪いが失敗すると、こんな姿になるんですね……。くわばらくわばら」


「それで、浜甲はまこうの対戦相手はわかったの?」



 ヒラメ理事長夫人が、彼の脳内に直接語りかたりかけてくる。



「はっ、はい。明日の兵庫連合と大寺おおでらの勝者です」


「どっちも弱そうな高校ね。園田そのだ! 次はあなたが呪いをかけなさい!」


「えっ? 私がやるんですか?」



 呪いが失敗して魚になることを考えれば、絶対にやりたくない。しかし、ラグビー部監督を斡旋あっせんしてくれた彼女には逆らえない。



「わかりました! 一生懸命、呪いをかけてみせましょう」



 園田そのだは水槽の中のヒラメに対して、うやうやしく頭を下げる。ヒラメは尾びれを震わせて応えた。



(5回表終了)

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