199球目 真っスラを投げるしかない

 短時間しか発動できないハンズキャノンが消え、木津きづはもう人の腕で抑えるしかない。



 目の前には、本日3安打の宅部やかべがいる。いつも自信あふれる木津きづだが、今や抑える自信が皆目ない。半開きの口で空を見上げる。



「おーい、木津きづ木津きづ、気付けやコラ!」



 神沼かみぬまに胸を叩かれ、木津きづは空から相棒に視線を移す。



「ボーッとすんじゃねぇよ。いつものお前はどないしたん? いつもどおり、ここの観客をかすピッチングせぇや」


「でも、あいつを抑えるのは、俺にはもう……」



 木津きづは蚊の鳴くような声を出す。かつての観客に自分を売り込むパフォーマンスをしていた彼の面影はない。



「ああ。ストレートどこに散らしても打ちよるわ。でも、お前には真っスラがある。腕を振りぬいて、強う投げろ」


「お、おう」



 神沼かみぬまがホームへ戻り、木津きづは1人ぼっちになる。他になぐさめてくれる声はない。



「フゥ。俺の高校野球もここまでか」



 最後の悪あがきでたてのスライダーを投げる。だが、あまりにも落ちない。宅部やかべが強引に引っ張る。



「ファール!」



 首の皮一枚の差のファールだ。あれがフェアなら、ゲームセットになっていた。



「何やその球ぁ! 力いっぱい投げんかい!」


「うっさいなぁ。ムリなもんはムリや」



 木津きづ神沼かみぬまを無視して、マウンドを地ならしする。



「ムリやったら、俺が投げますよ」



 大路おおじがニコニコしながら木津きづに近づく。



「お前が……、ピッチャー……?」



 1年生にマウンドを譲るのは屈辱くつじょく的だ。それでコールド負けになったら、嫌すぎる。俺以外の奴がマウンドに立つのは許されない。



 木津きづの胸の中の消えかかっていた炎が、再び震えて燃え始める。



「いや、譲らん! 俺はこのマウンドに最後まで立つ!」



 木津きづは復活した。いや、それ以上にパワーアップした。



 たてのスライダーがキレにキレて、フォークのように落ちる。



「もう1球、こい!」


「よっしゃあ! 三球三振やぁ!」



 再び、たてのスライダーが急降下する。



 同時に、宅部やかべのバットも沈んだ。



(続く)

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