47球目 スライダーの区別がつかない

 いつものボール持ちランニングの後、津灯つとうキャプテンの指示により、俺と東代とうだいはバッテリーの練習を始めた。東代とうだいはつま先立ちで構え、キャッチャーらしさがあふれている。



 東代とうだいは、俺のまっすぐをいい音立てて、キャッチしてくれる。実に投げやすい。本番で彼のIQ156の配球の組み立てが加われば、鬼に金棒、虎に翼と思われた。



 しかし、俺のスライダーが捕れない。東代とうだいから見て右に鋭く曲がる変化に、ミットがついていけない。2ストライク後にこれじゃ、振り逃げし放題だぜ。



「ウップス! ソーリー、ミスター・ミズミヤ」


「おいい。キャッチャーフライの落下点読むの上手いのに、どうしてスライダーが捕れないんだよ。変化量を計算してキャッチしろよー」


「ウェル、ピッチャーはワンセコンド1秒よりショートで投げてくるので、計算できません」



 野球経験が遊び程度しかなかった奴に、スライダーのキャッチングを求めるのは酷だと思う。スライダーを封印するのも一つの手だ。



 そうなれば、俺はストレートとチェンジアップ(スピードのないボール。投手によって特徴が異なる)の緩急かんきゅうで攻めることに。弱小校相手ならともかく、花丸はなまる高校の二軍相手には通用しないだろう。二回り目にボコボコ打たれそうだ。



 俺はマウンド上であぐらをかいて、東代とうだいでも捕れそうなスライダーの握りを考える。



「どしたの二人とも?」



 津灯つとうがブルペンにやってくる。



「オー、ミス・ツトー。私がスライダーをキャッチできなくて、ミスター・ミズミヤが困っています」


「スライダーねぇ。あたしがバッターボックス入るから、何球か投げてみて。その間、東代とうだい君はキャッチしなくてええよ」



 俺は左打者の津灯つとうに当たる勢いで、スライダーを力投する。東代とうだいはボールが彼女に当たりそうになると、目をつむって何か叫んだ。



「OK。大体わかったわ。東代とうだい君は、水宮みずみや君がスライダー投げる時、今構えてる位置から2フィートぐらい横にスライドしてみて。そしたら、捕れるわ」


「サンクス、ミス・ツトー」



 そんなアドバイスで捕れるものか。津灯つとうが打席から外れて、東代とうだいは安心の吐息をもらす。さぁ、俺のスライダーを捕ってみろ。



「アウチ! はっ、入った!」



 ミットのへりギリギリだが、ちゃんとボールが挟まっている。もう一丁!



「OK! 2フィートジャストです」



 具体的な数値がわかれば捕れるなんて、他の野球初心者がうらやむ能力だ。



 あとで、こっそり辞書で調べてみたが、2フィートは60センチらしい。もっとスライダーが曲がるよう、みがきたいもんだな。



(初の練習試合まであと6日)

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