48球目 30球しか投げられない

 俺が投げ終われば、取塚とりつか先輩が東代とうだいに向かって投げる。



 県予選決勝まで進んだ名投手が憑いているだけあって、俺以上にミットをビシバシ響かせる。



「ストレート以外はどうなんだろ」


「スローカーブがあるで。水宮みずみや、ちょっと打席に立ってみぃ」



 俺がバッターボックスに入ると、取塚とりつかさんがダイナミックなフォームから、遅くて高目のボールを投げる。すっぽ抜けだ、俺の頭に当たると思いきや、俺の体から逃げるように東代とうだいのミットに入る。何という落差があるスローカーブだ。



「このスローカーブを打つのは大変だな」


甲子園こうしえんの夢がふくらむね!」



 津灯つとうは欲しいおもちゃが手に入った子どもの顔だ。俺1人だとキツいが、もう1人エース級のピッチャーがいると心強い。



 しかし、取塚とりつかさんは30球投げたところで、ボールがキャッチャーに届かなくなってしまう。ついにはマウンド上でしゃがみこむ。



「情けないのう。もうダウンか」


「ピッチング、しんどい。全身が痛い」



 煙状の幽霊がへたばる取塚とりつかさんを見てため息を一つ。かれたことがないからわからんが、幽霊に体を乗っ取られるのって、ものすごく疲れるのかな。



「30球が全力だと、抑えピッチャーかな」


「ほとんど俺1人が投げるパターンかよ」



 日曜の試合がとても不安になってきた。打たれまくって、200球ぐらい投げる羽目になったらどうしよう。



「深刻なピッチャー不足のようね」



 いつの間にか、グル監が耳たぶをさわりながら、俺の後ろに立っている。全く気配を感じなかったぞ。この人は忍者くのいちか?



「早速やけど、部員全員でスピードコンテストを開きましょう」


「スピードコンテスト?」



 このグル監の提案が、浜甲はまこう野球部の運命を大きく変えることになる。



(初の練習試合まであと6日)

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