77球目 無心に打つしかない

 椎葉しいばはコントロールが悪いが、構えたところにボールがいかないだけで、8割はストライクゾーンに入れてくる。6回までに2安打8奪三振だつさんしん1四球フォアボール1失点という理想的な内容だ。



 一方の俺は6回を投げて8安打4奪三振だつさんしん2四球フォアボール8失点。プロのスカウトが見たら評価ダメダメレベルだぜ、トホホ……。



水宮みずみや君、バナナはいかが?」



 ネクストバッターズサークルに行こうとする俺に、グル監がバナナを手渡す。皮に黒い斑点が多くて、甘い香りがただよっている。



「ありがとうございます。おいしー」



 投球の疲労がどんどん抜けていく。体力ゲージが回復してるな。



「食べながら聞いてね。浜甲はまこう打線で一番打てるのは水宮みずみや君。だから言うて、チームのために絶対打つと思わんといて。練習試合なんやから、好きな風に打ったらええよ」


「好きな風、ですか」



 初回は遊び球を打ち、2回目の打席は狙い球を絞った。しかし、それらは俺の本来のバッティングじゃない。初球からフルスイングして、遠くに飛ばす。小さい頃から変わらない。



 山科やましなさんがセカンドゴロに倒れると、俺は中学時代を思い出しながら打席に入る。3年夏の地区優勝決定ホームラン、あれが1番ナイスバッティングだったな。あの辛口クソ親父が珍しく褒めちぎってくれたから。あの時のピッチャーは椎葉しいばと同じ左だ。



 球種やコースの読みはない。ただ無心でバットを振る。ボールが当たって、センターへ飛んだ。



「よっしゃあ!」



 俺が吠えれば、打球の伸びが増す。センター由川ゆいかわの頭上を越えるツーベースヒットになった。



「さすが俺! 超能力ナシで長打を打てるなんて、格が違うなー」



 椎葉しいばにわざと聞こえるように言う。椎葉しいばは俺をチラ見した後、うつむいてしきりにマウンドの土を踏みならす。



水宮みずみや君、ナイスバッティング~」


「ファンタスティック! 私は感動しました」



 ベンチの声援に笑顔で応える。野球が楽しくなってきたよ、母さん。



 見上げた青空は澄み切って、俺の心の雲をかき消していく。



(続く)

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