153球目 普通のトラはバター化しない

「アウト、アウト! バッターアウト!」



 球審きゅうしんの声で目を開ける。ゴリマッチョトラ塩がスイング後の格好をしている。東代とうだいのミットにはボールが入っている。空振り三振じゃないか!?



「やったー! やったぞー!」


「ナイスピッチン!」



 俺達は試合が終わったかのように喜ぶ。天塩あまじおは悔しいのか、空振りの姿勢のまま突っ立っている。



「チキショー! コノオレサンシン、サンシ……」



 天塩あまじおの顔が福笑いのように崩れる。屈強な虎獣人がスライムのように溶けていく。ヘルメットとメガネとユニフォームが地面に落ちる。オレンジと黒のバターが地面に広がった。



「タイム、タイム!」



 審判がタイムをかけ、白衣の女性がグラウンドに入ってくる。彼女はバケツとたくさんのひしゃくを持っている。



「皆さん! 天塩あまじお君の体をすくって下さい!」



 敵味方関係なく、俺達は天塩あまじおバターをすくって、バケツの中へ入れていく。皆が慌ててやる中、グル監がこっそりタッパーに入れている。元人間のバターを食材にするつもりか? こわい。



「ありがとうございました。ただちに病院に連れていきます」


「お願いします」



 阪体はんたい大付属の監督が救護係に頭を下げる。あんなバター状態から再生できるのが、今の医療の凄いところだ。



 試合が再開し、俺がピッチャー、取塚とりつかさんがファースト、サードが火星ひぼし、ライトが烏丸からすまさん、レフトが本賀ほんがに代わった。



 4番の針井はりいは空振り三振、センターフライ、敬遠けいえん、セカンドライナーでノーヒット。しかし、最初の打席であわやホームランのファールを打っているから、油断は禁物だ。



「ミスター・ハリーには、セオリーの逆をやります。ストレート、スライダー、チェンジの順で投げて下さい」


「えっ? それ、危なくないか?」



 遅いボールの後に速球を投げて、実際より速く見せるのがセオリーだ。



「ミスター・ミズミヤなら出来ます。イエス、ユーキャン!」


「OK。アイハフトゥ―アウトザバッター」



 俺のヘタレ英語を聞いた東代とうだいがクスッと笑う。引き締まった表情の俺はボールをよくこねて感触を確かめる。



「理事長おばさん、よーく見とけよ」



 この野球部は浜甲はまこうのお荷物じゃない。俺達は阪神はんしん体育大学付属に勝って、最高の野球部だってことを証明してみせる。



(浜甲学園勝利まであと1人)

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