192球目 木津の夏は終わらない

 初回以来のピンチで、久しぶりに東代とうだいがマウンドにやって来る。



「ネクストバッターは送りバントでしょう。ワンナウト3塁からが勝負になります」


「それこそスクイズやって来るだろな」



 6番の木村は三振とピーゴロ、普通の監督なら絶対に打たせない。



「そうなったら、コースに関係なく、パワフルなストレートを投げて下さい。ポップフライでアウトにしましょう」


「OK。ワイルドピッチ暴投になっても、クレームつけんなよ」


「私はクレームを出しませんが、アナザーメンバーがクレームを発するでしょう」



 内野を見渡せば、頼もしい感じの4人が笑っている。バント対策の練習は散々やったから大丈夫だろう。



水宮みずみや君、ファイトファイト!」


「おう。やってやんよ」



 俺は力こぶを作って、津灯つとうの声援に応える。



「筋肉!」



 いや、番馬ばんばさんは力こぶ作んなくていいから……。赤ちゃんのお尻みたいな力こぶだなぁ。



 5番の竜堀たつぼりの送りバントで、1死3塁になる。



 監督のサインを見た木村は、急にそわそわしてバットを握り直す。きっとスクイズのサインが出ている。



 東代のサインはストレート、コース指定なし。打ち合わせどおり、力一杯ストレートを投げてやる。



 3塁ランナーの木津がスタート。木村はバントの構え。俺のストレートは高めへ。バットに当てられたが、ファーストへのポップフライになった。



「オーライ、オーライ、キャッチ!」



 真池まいけさんがグローブ全体で包み込むようにつかんで、バッターはアウト。木津きづは3塁へ戻っている。



「ナイスキャッチ、デヴィッドさん!」


「こんぐらい、ブレックファスト朝飯前や」



 真池まいけさんが俺に送球したその刹那せつな木津きづがホームへ走った。



「バ、バックホーム!」


「バカな!?」



 俺はクイックモーションで東代とうだいへ投げる。東代とうだいはボールが入ったミットで、木津きづをタッチしにいくも、彼の足が先にホームに入っていた。



「セーフ!」


「うっしゃあ!!」



 木津きづは飛び上がって、全身で喜びを表している。



 この1点は痛くて重い……。



(続く)

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