123球目 三者凡退で抑えられない

 2回表の攻撃は無得点に終わってしまう。俺がファーストフライに倒れた後、山科やましなさんと番馬ばんばさんが連続三振で手も足も出なかった。



 再び、阪体はんたい大の重量打線と対峙する。失投しないよう、ボールの握りやリリースに細心の注意を払う。



 いつもの練習試合の倍以上のプレッシャーがあるが、意外に投げやすい。長身の選手はストライクゾーンが広いから、ポンポンとストライクを取れて、ピッチャー有利になる。



 5番の美月みつき、6番のベイルを連続三振。7番の亜土あどに2ベースヒットを打たれたが、8番の鯛家たいかをレフトライナーに抑えた。



「ナイスピッチング、水宮みずみや君! バナナ食べる?」


「さすが、神奈川の好投手! 紅茶飲むかい?」



 隣席のグル監と刈摩かるまが同時に飲食物を差し出す。最初は仲が悪かった2人も、食の面で意気投合したのだろうか?



「いや、いいよ。まだスポドリあるから」



 クーラーボックス内のスポーツドリンクを取って、中身の半分ぐらい飲む。今日は緊張と高い湿度で、汗が滝のように噴き出ていた。



「一回りはヒット難しそうですね、監督」



 津灯つとうの眉がさかさまの八の字になる。



「そうね。フォアボールやデッドボール出してくれたらええんやけど」


天塩あまじおはコントロールいいから、四死球の出塁はまず無理だろうね」



 刈摩かるまは背伸びしながら、冷たく指摘する。



「じゃあ、勝負は二回り目からか」


「いいや。案外、この回に勝負してもいいんじゃない」


「えっ? 打順は7番からだぞ」



 この回の打者は、パワーのない烏丸からすまさんと火星ひぼし、バットにかすらない東代とうだいである。天塩あまじおを打てるメンバーじゃない。



「コントロールがいい投手ってのは、私もそうだが、手抜きが上手いんだよ。先発投手が9回まで投げ切るなら、どこかで手を抜かなければならない。それが、この3回表というワケさ」


「なるほど。烏丸からすまさん達に対しては、甘いボールを投げるかもってことね」


「そのボール、俺っちが打つ!」



 俺達の会話を聞いた烏丸からすまさんは細長いバットを握り、やる気満々だ。そして、とんでもないことを口ばしから発する。



「俺っちがヒット打ったら、デートしてほしい、津灯つとうちゃん!」



 烏丸からすまさんの顔はリンゴ、津灯つとうの顔は桃のように染まっている。



(続く)


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