281球目 柔道と野球は似てるかもしれない

 浜甲はまこう学園は水宮みずみやが故障したので、急きょ取塚とりつかをマウンドに上がらせた。


 取塚とりつかは全く投げる準備をしていなかったので、ボールをじっと見つめて、低くうなっている。



「うー。いつも最終回やのに、こんなところで投げるなんて、ないわー」


「つべこべ言わんと、さっさと肩ぁ温めろや」



 野球少年霊・夕川ゆうかわが、取塚の肩をバンバン叩く。



「でも8球だけやと……」



 投球練習は8球だけと決められている。いつもベンチ前で50球ぐらい投げて、夕川ゆうかわの力を発揮できる肩を仕上げるので、取塚とりつかは不安一杯だ。



「アホかー。お前、柔道で投げる時も、試合前に50回ぐらい投げるんかいな。8回も投げられたら、十分やろ」


「柔道と野球は違うって……」


「同じや! 昔の漫画で、野球で柔道の練習する奴おったわ!」


「ハァ、わかったよ……」



 はたから見れば、取塚がひとり言をつぶやいているようだ。それを見ていた猪名川いながわ監督は「怖いですねー」と言いながら、体を震わせていた。



 取塚とりつかの投球練習が終わると、摩耶まやは代打を出した。



「6番ショート久根くねに代わりまして、木更城きさらぎ君」



 代打が告げられたものの、その本人がベンチから出てこない。



「おーい、早く来なさい」!


「すみませーん。私が呼びに行きまーす」



 尺村しゃくむらがベンチに戻り、帽子を深々とかぶった木更城きさらぎをゆり起こす。青ざめた顔の木更城きさらぎは、平行棒の上を歩くかのように、真っすぐな姿勢でゆっくりバッターボックスへ向かった。



 その間に、取塚とりつかはシャドウ・ピッチングを繰り返していたので、すっかり肩が温まっていた。



「おしっ! 夕川ゆうかわさん、頼んますよ」


「任せとけ!」



 夕川ゆうかわ取塚とりつかの体を支配し、木更城きさらぎに対してストレートを投げていく。木更城きさらぎ球威きゅういに押されつつも、ことごとくファールにする。



 6球粘られたところで、超スローカーブを投げた。木更城きさらぎは少し体勢を崩しながらも、強引に振りぬいた。



「ライト!」



 打球はライトの水宮みずみやの方へ――。



(続く)

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