51球目 宅部のポテンシャルがありえない

 宅部やかべさんの守備は予想以上に上手かった。



 センターへ抜ける打球のダイビングキャッチ、真池まいけさんがはじいた打球のキャッチ、津灯つとうとの阿吽あうんの呼吸などなどエトセトラ。高校生の中に1人、プロ選手が混じっていると言っても、過言ではない。



「次はバッティングやるよー」



 皆がピッチャー太郎01の速球を空振りする中、宅部やかべさんはレフト方向へ流し打ちする。バットを肩にかついで、いかにも気だるそうな構えなのに、スイングスピードは俺や山科やましなさん以上だ。こんな人が、どうして帰宅部なんだ?



宅部やかべさん、ピッチャー出来ます?」


「出来るよ」



 彼は腕が伸び切った脱力フォームから、急に左ひじをエルボーのように突き出し、ハエを叩く時のごとく素早く投げる。スピードガンは130キロを計測。これは本物の投手だ。



「カーブいくよ」



 フォークのように縦に落ちたり、ナックルのように揺れたり、打者の手元で小さく曲がったり、彼のカーブは変幻自在だ。



 七色のカーブを見た俺は脱帽だつぼうしてしまう。



「ストレートとカーブ投げる時の腕の振りが違うから、それを直したら実戦で使えそうやね」


夏大なつたいまでに直す」



 口数は少ないが、期待以上の実力を発揮する。まさに“サムライ”だ。



宅部やかべ、中々やるな! だが、オレもじきに追いついてやる! ドントストップミーナウ!」



 真池まいけさんが対抗心を燃やして、バットをチャンバラのように振りまくる。そんなに振りまくると、絶対にケガする、あーあ、腰を痛めておじいちゃんになった。



宅部やかべ。あたいとベースランニング勝負するやん?」



 チーター化して闘志とうしむき出しの千井田さんに対して、宅部さんは「ええよ」とクールな無表情。



 打席から一塁、二塁、三塁と順番に踏みながら走って、ホームに帰って来るのがベースランニングだ。ラインが書いてあるトラック1周と違い、自らの頭でゆるやかなを描きながら走る必要がある。



 しかし、豹突猛進ひょうとつもうしん千井田ちいださんは、塁間をまっすぐ走った。四角形のランニングは、ベースを踏む時にタイムロスが生じる。それでも、14秒23はかなり速い。



 宅部やかべさんはベースの角に軽く触れながら、颯爽さっそうと走っていく。無駄のない走りで14秒20を叩き出す。チーターガールより速い宅部やかべさんは、サバンナの風だ。



 皆の尊敬のまなざしを受けて、宅部やかべさんは前歯を出してはにかむ。小動物の可愛さだ、ズルい。



(初の練習試合まであと5日)

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