52球目 宅部の父がせわしない

 宅部やかべさんの活躍が目立った練習後、グラウンドの隅で東代とうだい宅部やかべさんと何か話している。ちょっと気になって近づいてみる。



「オー、ミスター・ミズミヤ! 今からミスター・ヤカベのハウスに来ませんか?」


「えー。でも、母さんが飯作ってるからなぁ」


「すぐ終わるから」



 宅部やかべさんはか細い声で早口だ。



「んー。まぁ、それならいいけど」


「あたしも行く行く!」



 津灯つとうが割り込んできた。宅部やかべさんは一瞬目玉焼きの目になったが、じきに能面のうめんの表情に戻る。



「いいよ」


「グッド! ソー、レッツゴー!」



 陽気な2人と違い、俺は名字のごとく水のように冷静だ。あわよくば、宅部やかべさんの高い身体能力の秘密を知り、俺もパワーアップしたいところだ。



※※※



 宅部やかべさんの家は、マンションの10階で、扉に様々なキャラのシールが貼られている。



「ただいま。友人と一緒」



 彼が言い終わらない内に、アフロ頭の四角いメガネおじさんが飛び出してくる。



「おーう! カオルの友人たち、はじめましてぇん! たくさんゲームあるから、遊んでいってねぇ!」



 口と同時に身振り手振り、実にせわしない父親だ。静の宅部やかべさんと正反対、真池まいけさんや火星ひぼしを超えるキャラの濃さだ。彼は「バハハーイ」と言って、自室に戻って行った。



「どんな仕事やってるんですか?」



 早速、津灯つとう宅部やかべに質問してくれる。宅部やかべさんはスマホを出すと、何か検索して、動画のサムネイルを見せてくれる。



「ユアムーバー」



 色んな動画のサムネイルを順繰りに見せてくれる。どうやら様々なゲームのプレイ動画をアップしているようだ。



「知ってる知ってる! バックルさんて、色んな裏技教えてくれるから好きやわ」


「そんな有名なのか?」


「ハリウッドスターぐらフェイマス?」



 野球一筋の俺と天才科学者の東代とうだいにはピンとこない。



 彼の部屋に入ると、ゲームキャラのポスターやフィギュア、ゲームソフトが所狭しに並べられている。教室のスライド以上に画面が広いテレビの電源を付ければ、四方八方から音が聞こえる。



「ワーオ! サブカルチャールーム!」



 東代とうだいはゲームのソフトを取って、モノクルをいじりながらしげしげと見つめる。



「あー。この子、あたしのお気に入り」



 津灯つとうはスマホを出して、お気に入りのウサギキャラの写真を撮る。



「すげぇなぁ。これ全部、自分で買ったのか?」


「ぶっちゃけ言うと、動画で父さんがクリアしたゲーム、半分以上俺がやってて、収入の3割ぐらいもらっとる」



 彼が語る内容以上に、長々としゃべれていることに驚きだ。彼は鼻で笑って、お笑い芸人の司会者のように話を連ねる。



「驚いたやろ? 昔は俺も結構しゃべっとったんやで。よう友達と架空かくうの野球実況ごっこやったもんや。せやけど、中学入ってから、チビチビ言われて、チビは黙っとれやて。身長以外に取り柄のないIQ低い奴らとしゃべりたくない、時間のムダやと思って、口数少なくしてたってワケ」



 宅部やかべさんの真の姿はおしゃべりモンスターだった。



(初の練習試合まであと5日)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る