369球目 勝利の瞬間を楽しめない

「甲子園行くのはあたいらやん。絶対にセーフになるやん」



 千井田ちいださんは物凄ものすごい早口でしゃべりながら、四つ足で駆けていく。彼女がホームに到達する前に、キャッチャーミットにボールが入った。



「滑るな、走れー!」



 俺が叫べば、彼女の獣脚じゅうきゃくは加速する。キャッチャーがタッチしに行けば、新幹線級のスピードで駆け抜けていった。



「セーフ、セーフ! ゲームセット!」


「やったぁ!」


「うおっしゃあ!」



 俺達はまた勝った。俺は番馬ばんばさんとグータッチして喜びを分かち合う。



「あああ……、そんなぁ……」


「チッキショ―!」


「アハッ、アハハ、アハハハハハハ!」



 敗れた臨港りんこう学園ナインはその場でうずくまり、鰐部わにべは狂ったように笑い続けている。彼らは全員3年生、もう来年の夏はない。



「さぁ、あいさつに行こう」



 はた主将にうながされて、彼らはゆっくり立ち上がる。涙をユニフォームや腕でぬぐって、一列に並んだ。みんな背ぇたけぇなぁ……。



「ありがとうございましたぁ!」



 臨港りんこう学園の最後の挨拶は力強く、オペラ歌手のような声量に圧倒された。よくこの人達に勝てたもんだ。



 あと2つ勝てば甲子園出場だ。見とけよ、理事長夫人!



臨港学園111 111 111……・9

浜甲学園600 000 004×…10



(6回表終了)

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