277球目 スクイズは絶対的戦法じゃない

 初球は何がくるか、ウオオ、真ん中高めのストレートだ!



「ストライク!」



 あまりにも絶好球すぎて、見送ってしまった。もう2度とあんなボールは来ないだろうな。



 2球目はどうか。えっ? また同じコースに甘いストレートが来た。打つべし!



 あっ、少し力み過ぎて、どん詰まりの当たりになった。だが、ライト前にポトリと落ちた。



水宮みずみや君、ナイスバッティング! 僕が君をホームへ還そう!」



 山科やましなさんの眼が波しぶきの乱反射のようにきらめく。グル監のサインはヒットエンドラン。ピッチャーが投げ始めたら走ろう。



 大岩おおいわが左足を上げると同時に、セカンドへ走る。山科やましなさんの打球はピッチャーの股間を抜けて、センター前へ。センターが打球の処理にとまどう間に、俺は三塁へ進んだ。



「ゴーゴー浜甲! 押せ押せ浜甲!」



 本来なら、ここでパワーヒッターの番馬ばんばさんだが、打撲だぼくで入院中だ。バッターが非力な火星ひぼしなので、グル監は手堅くスクイズのサインを出した。



 今度も、ピッチャーが左足を上げると同時にスタート。大岩おおいわは高めに外したが、長身で腕が伸びる火星ひぼしのバットからは逃げられない。



 バットに巧みに当てて、ピッチャーとキャッチャーの中間地点へ落ちていく。よし、スクイズ成功だ。



「ヒイイイイイイ!」



 サードの尺村しゃくむら甲高かんだかい奇声を発しながら、ボールをダイレクトで捕りに行った。ボールが地面にふれる前に、彼女のグローブに吸い込まれた。マズい、サードに戻らなくちゃ。



 俺は慌てて三塁へ走ったが、口元に笑みを浮かべた尺村しゃくむらはゆっくりと、三塁に入った久根くねへ投げた。



「アウト!」



 尺村しゃくむらの守備範囲の広さは、はっきり言って異常だ。今後もこの女に捕られまくったら、地獄だな……。



(続く)

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