95球目 個人練習はおろそかにしない(番馬の場合)

 番馬ばんば長兵衛ちょうべえは、部活の帰宅途中で公園に寄る。そこでコーラを買って一息つくのが、彼のルーティンになっていた。



「見つけたでぇ、番馬ばんば



 絆創膏ばんそうこうだらけの男が、ベンチの番馬ばんばにがんを飛ばす。後ろの子分2人(ぽっちゃりメガネとガリガリ出っ歯)は薄気味悪い笑みを浮かべる。



「誰や、お前?」


「忘れたとは言わせへんど、番馬ばんば! 満賀まんが高校の悪藤あくどうや! こん前の落とし前、つけさせてもらうでぇ」


「何のことか、さっぱりわからへんな」


「ええかげんにせい、このダボォ!」



 悪藤あくどう番馬ばんばの腹に蹴りを入れる。番馬ばんばは苦しそうにうめくが、震える拳を押さえて悪藤あくどうの顔をいまいましげに見上げる。



「かかってこんかい!」


「お、俺様はや、野球部。こ、こ、こんなところでケンカして、甲子園アウトにせぇへんのや」


「お前が野球部? そんなら天パの髪型やめて、坊主にせぇや!」


悪藤あくどうさん、ハサミをどうぞ」



 メガネ君が工作用ハサミを悪藤あくどうに手渡す。



「用意がええのう。今日はお前の断髪だんぱつ式や。ピッカピカのお坊さんにしたるでぇ」



 悪藤あくどうのハサミがチャキチャキと悪意のある音を立てて動く。番馬ばんばの髪にハサミが入る。番馬ばんばは目を閉じて、仲間が助かるなら髪は惜しくないと覚悟を決めていた。



番馬ばんばさんの髪に手を出すなぁ!」



 突然、白山しらやまがしげみから出てくる。悪藤あくどう白山しらやまに頬を思いっきり殴られ、「おげぇ!」と奇妙な声を発して、ブランコまで吹っ飛ばされた。



「しっ、白山しらやま! どうしてここに?」


「さっき、こいつらとすれ違って、殺気ムンムンしとったから、後をつけとったんや。案の定、番馬ばんばさんのピンチで良かったわ」



 悪藤あくどうは左手で鼻血をぬぐい、子分に命令する。



「ク、クソがぁ! そいつをタコ殴りしろぉ!」



 子分達の拳が白山しらやまに襲いかかる。彼らはボクサーのように鋭いパンチを繰り出す。白山しらやまはキツネ特有の俊敏さでそれをよけ、しげみに隠れていた八百谷やおたにに声をかける。



八百谷やおたに、やってもて!」


「OK。ホンマのタコ殴り見せたげるわぁ」



 しげみから飛び出した彼女は、タコが描かれたレジ袋を闘牛士とうぎゅうしのマントのごとくヒラヒラさせる。子分達の目にはイラストのタコが飛び出して、巨大化して、彼らの体に巻きついてくるように映る。



「く、く、苦しい」


「ギ、ギブ、ギブアップ!」



 何もない所で、泡を吹いて顔を白くする子分達を見て、悪藤あくどうは唾を吐いて舌打ちする。



「チッ。頼りないでぇ。やっぱ、俺がやる」



 悪藤あくどう白山しらやまに殴りかかる。白山しらやまはバック転しながら、金属バットと化して、八百谷やおたにの手元へ落ちる。



「これで、あいつを」


「OK。神スイングするわぁ」



 八百谷やおたに白山しらやまバットを握り、悪藤あくどうの胸目がけて振りぬく。悪藤あくどうは「覚えてろぉ!」と叫びながら空高く飛んでいき、見えなくなった。子分達はこけつまろびつしながら、公園を慌てて出て行った。



「助かったで。ありがとう」


「いっつも番馬ばんばさんに助けられっぱなしやったから。こんぐらい当たり前やわぁ」



 八百谷やおたに番馬ばんばの視線をそらして、もじもじしている。バットから人間に戻った白山しらやまは、胸部を押さえながら話す。



「ああいう輩はワシらが倒すからええけど、問題は番馬ばんばさんのバット。全く当たってなくて心配でっせ」



 花丸はなまる戦の犠牲フライ以降、番馬ばんばは三振か内野ゴロに倒れていた。



「じきに当たるようになる。大丈夫や」


「多分、バットが合ってないんと違う?」


「あー、確かにな。番馬ばんばさんは短いバットの方がええな」



 番馬ばんばは2m近い長身なので、リーチが長い。外のボールに届くが、内側が窮屈きゅうくつになって打ちにくい。短いバットでコンパクトに振った方が、当たりやすいのかもしれない。



「短いって、どんぐらいや?」


「えーと、あっ! 八百谷やおたに、化けてくれ」


「OK。ポンポコポン!」



 八百谷やおたには通常の半分ぐらいの金属バットに変身する。番馬ばんばが手に取って振ってみれば、風を切る音がする。



「どないでっか?」


「おい。中々ええ感じやんけ」


「これなら、ホームランがガンガン出ますな」


「よぉーし! 東代とうだい君に頼んで作ってもらおか。今日は八百谷バットで素振り100回や!」


「えぇー!? ひゃっ、100回?」



 八百谷やおたにバットがこもった声を出して震動する。



「頼むで、八百谷やおたにぃ。ワシ、さっきのヤンキーに当たって、体痛いんやから」


「しゃあないなぁ。番馬ばんばさん、お手柔らかにね」


「おう。じゃ、行くぞ。フン!」



 番馬ばんば八百谷やおたにバットを鬼の形相ぎょうそう激震げきしんする。公園の土が舞い、鳥たちは逃げていく。入り口前にいた子ども達が別の公園へ走っていく。



「おお。さすが、番馬ばんばさん。この鬼スイングで相手の心臓止まるで」



 白山しらやまは感心して、しきりにうなずく。八百谷やおたには気絶してしまう。番馬ばんばは少年の頃の笑顔を取り戻し、バットを振りまくる。



 ちなみに、先週の土曜日からタヌキツネコンビは大門だいもん寺を出て、自由の身になっていた。彼らの坊主頭がいがぐり頭に変わってきている。



(夏大予選まであと65日)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る