96球目 個人練習はおろそかにしない(烏丸の場合)

 烏丸からすま天飛てんとは畳張りの部屋で正座している。彼の目の前には、真っ赤な天狗てんぐ顔の父が腕を組んでいる。



「今日の試合の成績は?」


「はい。4打数1安打やった」


「どんなヒットや?」


「ライト前のポテンヒット」


津灯つとうさんとの会話は?」


「ええと、ホームラン性の打球を捕って褒められた」



 父はため息を吐いて腕をほどき、右手で息子の額にデコピンする。



「いっ、いてぇ!」


「愚か者! 毎回のように、彼女を連れてくると言ってるが、有言不実行やないかい! こうなったら、お見合いで……」


「あぁ! 大丈夫、大丈夫! 俺っちには秘策あるから」



 烏丸からすま父が選ぶお見合いの女性はかたよりがある。おサルやゴリラ顔の女性ばかり息子に薦めるのだ。面食いの天飛てんとは、絶対に父が決めた相手と付き合うつもりはない。



「秘策? くだらんかったら、即刻、野球部を辞めさすぞ」


「2か月後の予選で、俺っちが打ちまくって、甲子園に連れて行くんや。そしたら、津灯つとうちゃんもイチコロや」



 彼の脳裏に、とあるシーンが浮かぶ。



 3点差の9回裏2死ツーアウト満塁フルベースで、打者は烏丸からすま。三塁ランナーの津灯つとうが彼にエールを送る。



烏丸からすまさん! あたしをホームにかえしてぇ」


「よっしゃあ! 絶対に打ったる」



 相手投手はストレートを投げる。150キロ近い速球でも、烏丸からすまの動体視力の前では、ノロノロ動くカタツムリだ。烏丸からすまのバットがボールをとらえ、レフトへ飛んでいく。



「入れ、入れー!」



 レフトフライかと思われたが、突風が吹いてスタンドに入った。甲子園出場を決める起死回生の逆転サヨナラ満塁ホームランだ。



「やったぁ! 勝ったぁ!」


「ありがとう、烏丸さん」



 ホームにかえってきた津灯つとうが、烏丸からすまの頬にキスをする。彼は鼻の下を伸ばして笑い続ける。



「エヘ、エヘヘヘヘヘ」


「何を笑っとるかぁ!」



 父が木の杖で彼の右肩を叩く。肩の血管がプツンと切れたような痛みが走り、彼は苦悶くもんの表情を浮かべる。



「ギャアアアアア! 俺っちの肩がつぶれたら、どうすんだよぉ」


「アホか。声が出てる内は大したことないわい」



 父はあきれ顔をしながら、杖の先を布巾ふきんで丁寧に拭く。



「細長い杖でも、スナップを利かせたら、威力大きくなるんやなぁ。ん? 細長い棒……」



 彼の頭の中で豆電球が点灯する。



「いつも使っとる妖怪退治の杖みたいな、細長バットやったら、俺っちの打率アップするかも!」



 彼は自分専用の杖を持ってきて、野球のスイングをし始める。軽くて振りやすいし、メジャーリーガー顔負けの速度だ。



「よーし! 東代とうだい君に作ってもらお!」


「野球のバットに細長くて軽いのは使えるんか?」


「あっ、そっか。調べとこ」



 彼が金属バットの規定をスマホで検索すれば、バットの直径は67ミリ未満、重さは900グラム以上と出てくる。



「ぐうう、900グラム以上……。そういや、番馬ばんばの奴、かなり重たそうなバット使ってたな」



 今日の試合では、番馬ばんばがスリーランホームランを打っている。津灯つとうに「パワーヒッターはええわぁ。ホンマ最高」と言わしめてた。烏丸からすまにとって強力なライバル出現である。



「へー。バットにもいろんな種類が、何々、竹バット? こっ、これやぁ!」



 竹バットは木製バットより折れにくく、ボールをバットの芯に当てる練習に使えるそうだ。スズメ達との交流に竹林をよく使うので、天飛てんとになじみ深い素材だ。



「竹バットを振って、3割、いや、6割バッターになるでぇ!」



 息子のやる気を目の当たりにした父は、唇を丸めて軽くうなずく。



 この後、天飛てんとは竹バットの芯からボールが外れる痛みで地獄の苦しみを味わうことになるが、今はまだ極楽の温泉である。



(夏大予選まであと61日)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る