38球目 手ノックは難しくない

 来週の練習試合に向けて、土曜も練習になった。いつものランニングの後、ひたすら守備練習だ。津灯つとうのノックは変幻自在へんげんじざいで、休む間も与えなかった。



「はい! 1時間やったから15分休みです!」



 強豪チームにいた俺でさえ、まともに立てない。他の連中もぐったりしている。千井田ちいださんはチーターを通り越して猫まんじゅうだ。



「キャッチャーはホット。ベリィベリィタイアードつかれる……」



 東代とうだいは初めてキャッチャーの防具をつけてのノックだから、この中で一番辛そうだ。最初はキャッチャーフライの落下点を計算して上手く捕っていたいが、後半は千鳥ちどり足だったもんな。



津灯つとう、お前だけ、ノック受けないの、ズルくないか?」


「次は水宮みずみや君がノッカーやる? あたしも久しぶりにノック受けたいから」


「ノック……、あれ? 俺やったことないか」



 いつもクソ親父の地獄ノックを受けてきたが、自分がノックをしたことがない。山科やましなさんに頼もうか、あっ、干物ひものみたいになってファンクラブの手当てを受けてる……。



「手ノックでええよ。水宮みずみや君レベルなら100メートルぐらい投げれるでしょ?」


「まっ、まぁ、それなら……」



 外野までボールを投げられるかわからんが、またノックを受けるのは嫌だから、手ノックを引き受ける。



 15分後、俺がノッカーになり、津灯つとうがショートの位置を守る。



「行きますよー!」



 まずはサードの番馬ばんばさん目がけてライナーだ。番馬ばんばさんは腹で受け止め、ボールをわしづかみにして投げ返す。



「死ね、ゴルァ!」



 彼の返球は俺の顔の横をかすめ、後ろの金網を破る。



「痛みっ!」



 バックネット裏の木陰の誰かに当たったみたいだ。死んでなきゃいいが……。



津灯つとう、ノックやっといて! 俺、見に行くよ」


「あっ、俺様も! 死んでたらヤバいからな」


「うん、わかった。おわびに野球部に誘っといてね」



 俺と番馬ばんばさんは無言で被害者を見に行く。被害者が高額の治療費を要求して、番馬ばんばさんとのケンカになりませんように。



(初の練習試合まであと8日)

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