133球目 虎と鹿の攻守が固定ではない

 中学3年の天塩あまじお城治じょうじ天王寺てんのうじズーファイターズのロッカールームを開けると、肉づきの良いシカのお尻が視界に入る。ハートマークの白いふわふわの毛が、彼の野獣のハートを呼び覚ます。



 彼の顔中に黒とオレンジの獣毛が生え、牙が伸び、爪が研ぎ澄まされる。背後からシカ男の首筋にかみつく。



「いただき!」


「わっ! バカ、やめろ!」



 シカ男がひじでトラ塩の胸を突く。天塩あまじおは強烈なひじ鉄を喰らってよろめく。



甘噛あまがみやから、ええやんか」


「ようないわ! 肉食獣人の遊びは、草食獣人の死につながるんやぞ!」



 シカ男は青筋立てて大声を上げる。彼の顔はシカ特有のつぶらな瞳とまつ毛で可愛い。しかし、頭頂部は赤いモヒカンヘアーで覆われ、シックス・パッドの肉食な一面も持っている。



「悪い悪い。でも、何で全裸? 早よ服着ろよ」


「ウフフ。ちょっと、自分の体に見とれとってね。どや、この上腕じょうわん二頭筋にとうきん!」



 シカ男がおにぎり3個分の力こぶを作って、得意げな顔を見せる。



「筋肉つけすぎやろ。ボディ・ビルダー違うのに」


「見た目で非力な俊足選手と判断されんのは嫌やからな。桃野もものパイセンやジョージ、てめぇら肉食ピッチャーをめった打ちしたるで」


桃野もものさんか。向こうで活躍しとるかな」



 桃野ももの天王寺てんのうじズーファイターズのエースで、オオカミに変身できる。



「さぁな。ところで、オイラは埼玉の高校行くけど、ジョージはどないや?」


「僕は地元の高校行くよ。全国大会で会えるとええな」


「おう。オイラとジョージで、大会盛り上げようぜ」



 シカ男が前歯を見せて笑う。トラ塩は牙をむき出して笑い返した。



※※※



 ベンチの天塩あまじおは目をつむって、あの時の約束を思い出す。



 小中学生ともに、ズーファイターズで全国優勝を経験している。高校生でも全国優勝したい。



 こんな練習試合に負けることは、天塩あまじおのプライドが許せないのだ。



「ジョージ、ネクスト行けよ」



 針井はりいに肩を揺さぶられて、彼の意識が現在に戻る。



 彼がネクストバッターズサークルへ入ると、2番のそうがファースト強襲ヒットを放った。2死満塁フルベースの大チャンスとなる。



「ジョージ! 俺達をホームへ返してくれぇ!」



 2塁ランナーの辺田へんだが甲高い声で叫ぶ。



 天塩あまじおは打席に向かいながら、体をトラへ変えていく。ついに、この試合初めて、猛虎もうこの打撃がベールを脱ぐ。



(続く)

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