43球目 理事長夫人は抜け目がない

 理事長室は、美術館に置いてありそうなでかいつぼ、さびついた西洋の甲冑かっちゅう、東南アジア風のお面などが飾られている。ベッド代わりになるほど長い木の机に、理事長と理事長夫人が座っている。



 俺達はキシキシ鳴るパイプ椅子いすに座らされて、理事長夫妻と向かい合った。重苦しい空気の中、理事長夫人が口を開く。



水宮みずみや君と津灯つとう君。何で、あなた達がここに呼ばれたのか、わかるかしら?」



 津灯つとうは「さぁ」と、真っ正直に肩をすくめる。夫人は理事長にそっと耳打ちする。理事長はA4サイズの原稿の本文を棒読みする。



「えー。2人は野球部の勧誘かんゆうと称して、陸上部の千井田ちいだ君、バスケ部の山科やましな君など、各部活の優秀な選手を引き抜いた。これに対して、各部活の顧問や生徒から批判の声が上がっている」


「具体的に言うと、あなた達が彼らを野球部に入れたことで、陸上部とバスケ部の全国大会出場の可能性が低くなってしまった。これは、部活のみならず、我が校にとって大きな損失よ。必ず誰か入る公立ならともかく、部活の活躍で人気が左右される私立なのだから」



 夫人はワイングラスの水を一気に飲みほし、グラスをテーブルに叩きつける。彼女の顔は怒りのしわが刻まれている。



「先週の職員会議において、他の部活に所属する奨学しょうがく生、または2年生以上の部員の勧誘かんゆう禁止を決めたわ。本日の終礼で、全校生徒に通達する予定だったけど、あなた達には先に伝えておこうと思いましてね」


「へぇー、そうなんですね。先に伝えて下さり、誠にありがとうございます」



 津灯つとう丁寧ていねいに頭を下げる。背筋がピンと立っていて、お行儀の良い姿勢を崩さない。夫人は俺達を見て冷ややかに笑う。



「いいですか? この規則を破った部活は活動停止、あまりにも悪質な勧誘かんゆうを続ける場合は廃部にします。これで良かったですよね、理事長?」



 理事長は首ふり人形のように「うんうん」と十回ぐらいうなずく。



「わかりました。今後、あたし達は、他の部活の方を勧誘かんゆうしないよう、気を付けます」



 津灯つとうにつられて俺も慌てて頭を下げる。理事長夫人の上から目線はとても腹が立つが、むやみに口ゲンカになって活動停止にされたくはない。頭の中で理事長夫人の鼻をザリガニで挟んでおこう。



 理事長室を出れば、津灯つとうは大きく伸びをして脱力する。



「あー、朝から疲れたわぁー。理事長の奥さん、めちゃ怖いねぇー」


「どうすんだよ、津灯つとう。これで、セカンドに向いてそうな体育会系の奴を誘えなくなったぜ」


「どんなルールにも抜け道があるよ。他の部活の生徒がダメやったら、を入れたらええだけの話やもん」



 俺達に残されたのは、帰宅部の勧誘かんゆうか。とてもセカンドに向いてる俊敏しゅんびんそうな奴はいないと思うが、果たして……。



(初の練習試合まであと6日)

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