257球目 牽制球を投げ過ぎたらいけない

 雨はさらに激しくなってくる。ボールが見づらいので、打球が飛んできたらと思うと怖い。



 ただ、宅部やかべさんのピッチングは冴えわたっている。悪藤あくどうを三球三振に打ち取った。



「4番ファースト龍水りゅうすい君」



 東代とうだい龍水りゅうすいに頭を下げてから、立ち上がる。ここの敬遠は仕方ないな。龍水りゅうすいにホームラン打たれたら、この試合の勝ち目が薄くなるから。



 龍水りゅうすいは怒りの表情を見せず、ゆっくりゆっくり一塁へ歩く。



 次の潮江しおえ真池まいけさん級の巧みなバントを決め、龍水りゅうすいを二塁へ送った。俺の横に龍水りゅうすいが……、威圧感いあつかんが押し寄せて、心臓が口から飛び出しそうなぐらい、激しく鳴っている。



「6番ライト黒炭くろずみ君」



 今日のキープレーヤ―だが、東代とうだいは座ったままで、勝負だ。東代とうだいのサインを見れば、親指を地面につけている。牽制けんせいのサインだ!



 慌てて二塁へ入り、宅部やかべさんの牽制けんせい球を捕る。龍水りゅうすいは素早く戻ってきたのでセーフ。



「かわいい腹やな」


「えっ? あっ、はい」



 ネコやフクロウを愛でる女子の目で、俺の銀の出っ腹を見てくる。試合中なのに、この余裕は王者の風格だ。



 俺にはそんな余裕まったくない。東代とうだいのサインを真剣にのぞきこむ。また牽制けんせいのサインか。再び二塁へ走る。ボールを捕って、と、捕れねぇ!



 宅部やかべさんの牽制けんせい球が、龍水りゅうすいの頭上を越してゆく。まさかの悪送球。龍水りゅうすいは三塁へ駆けていく。山科やましなさんがボールをつかんで、「セカン!」と叫んで送球してくる。



「バックホーム!」



 えっ? もうホームに向かって走ってんの?



 息つく間もなく、東代とうだいのハンドタイプのミット目がけて送球した。力んだせいかワンバウンドになる。ボールに泥がついて、東代とうだいのミットがつかみ損ねてしまう。



「セーフ、セーフ!」


「ヨシっ!!」



 龍水りゅうすいは胸元で小さくガッツポーズする。またしても、龍水りゅうすいの足にやられた。



 その後、黒炭くろずみはアウトにできたが、2点差に広がってしまった。雨の勢いは止まらない。事実上の最終回、俺達は追いつくことが出来るだろうか。



(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る