330球目 出塁率と長打率の計算はややこしくない

 神戸ポートタウン大学付属高校のコンピュータ室で、野球部員が次の試合のシミュレーションをしていた。彼らは野球ゲームの画面をにらんでいる。



 投手陣は対戦校のAIの打者、野手陣は同校のAIの投手とひたすら対戦を繰り返す。その成績が良かった者が、次の試合のスタメンに抜擢ばってきされるのだ。



「打率2割5分の平凡なキャプテン、調子はどうだい?」



 村下むらした雷雨らいう監督が、福口ふくぐちキャプテンの肩に手を置く。



「その二つ名、やめて下さいよ、監督。ご覧の通り、50回対戦して16回ヒット、10回四球フォアボールを選んでいます」


「ふむふむ。打率4割ジャスト、出塁率5割2分か。まぁまぁ、いいじゃないか。ところで、明後日の浜甲はまこう臨港りんこうの試合、どっちが勝つと思う?」


「えっ? いきなり、何ですか。そうですね……」



 福口ふくぐちは画面を切り替えて、兵庫ひょうご県内のデータフォルダをクリックする。



臨港りんこう学園は新チームになってから、秋大ベスト8、春大ベスト4と安定しています。今年の夏大は打率4割4分2厘、長打率(※注)7割7分5厘という超強力打線です。対する浜甲はまこう学園は打率3割4厘、長打率4割3分5厘ですから、臨港りんこう学園が大差で勝つでしょう」


「やれやれ。模範的な解答だねぇ、アベレージキャプテン」



 村下むらした監督は肩をすくめて、部屋の隅へ行き、レコードを「ノルウェーの森」から「イエロー・サブマリン」に変えた。



「君は浜甲はまこうの2回戦の異常値を無視しているよ。あの時、彼らは肥満化のハンデがあった。その23打数1安打分を引かないと」



(49-1)安打÷(161-23)打数=0.3478……



「それでも、打率3割4分8厘、臨港りんこう学園に全くかないませんよ」


「出塁率はどうだい?」



(77-2)出塁数÷(191-24)打数と四死球と犠飛の合計=0.4491……



「4割4分9厘になります」


「そう。もし浜甲はまこう学園の投手が臨港りんこう学園の選手を四死球で歩かさなかった場合、ほぼ互角の数字になる」


「いやいやいや! 全然、互角じゃないですよ! まず、パワーが違います! 肥満化ハンデを抜いても、浜甲はまこうの長打率は――」



(70-1)塁打数÷(161-23)打数=0.4662……



「4割6分6厘で、3割も違います!」


臨港りんこう学園の盗塁と犠打バントの数は?」


「ともに0ですけど、それが?」


「浜甲は18盗塁と9犠打を決めている。ヒットを打った選手が2塁に進めば、二塁打に匹敵ひってきすると思わないか?」


「思わ、思います」



 福口ふくぐちはすんでのところで監督に逆らわずに済んだ。



「それをふまえて、盗塁と犠打の合計数を塁打数に入れよう。どうなる?」



(69+27)塁打数÷148打数=0.6486……



「6割4分9厘です……」


「その差は1割3分ほど。ちなみに、3回戦の雨、4回戦の主力2人が抜けるハンデを抜けば、両チームの差は拮抗きっこうする」


「ということは、接戦になる?」


「そのとおり。我々と同じ球場で試合をやるもの、何かの縁。じっくり観戦しようじゃあないか」



 村下監督はずれたメガネの位置を元に戻して、不敵な笑みを浮かべた。



(続く)



※注 長打率

 単打を1、二塁打を2、三塁打を3、本塁打を4として合計し、打数で割ります。


 例えば、番馬ばんば選手と烏丸からすま選手が同じ100打数20安打でも、番馬ばんばの20安打全てホームラン、烏丸からすまの20安打全てシングルヒットだと、番馬ばんばの長打率は8割、烏丸からすまの長打率は2割で、番馬ばんば選手の方が長打を打つ期待値が高いとわかります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る