360球目 鰐部の100本目のホームランは見たくない

 今の鰐部わにべは太い尻尾と丸太のような両脚で、下半身がどっしりしている。どこのゾーンに投げてもパワフルな打球を飛ばすだろう。



 しかし、腕が短くなっていため、右手1本でバットを持っている。これなら変化球をミートするのは難しいはずだ。



 初球からバルカンチェンジで攻める!



 猫の精神で内角低めインローへ投げこむ。鰐部わにべのバットがかみつこうとする。バルカンチェンジはあざ笑うように逃げて、ミットへ入る。



「ストライクッ!」



 まず1ストライク。投げ急いだらいけない。俺は帽子を取って、左の一の腕前腕で額の汗をぬぐう。汗でボールが滑らないよう、右手をロージンバックでキレイにする。



 2球目もバルカンチェンジのサイン。今度は外角高めアウトハイか。



 バットに当たるニャと念を込めて投げる。鰐部わにべのバットが、上段から振り下ろされる。今度は当ててきた、冗談じゃない。



「ハハハハハ! スタンドにスタンと入れー」



 ライナー性の打球がレフトへ。烏丸からすまさんの頭上を越えてラバークッションに当たって、はねかえってこない。ボールがクッションにめりこんでいた。



「ワハハハハハ!」



 鰐部わにべは壊れたCDのように笑いながら、四足歩行でベーランする。意外と速い。ボールは見た目より食い込んでいるようで、烏丸からすまさんが中々取り出せない。ランニングホームランになってしまうのか……?



 烏丸からすまさんがボールの下を口ばしでつつけば、ボールがポロリと落ちてやっと捕れた。



「ミスター・バンバ! 中継して下さい!」



 烏丸からすまさんの送球を強肩の番馬ばんばさんがカットして、ホームへ投げる。鰐部わにべが水上のように滑ってくる。東代とうだいのミットにボールが入る。鰐部わにべのワニ鼻先がベースに触れたのとほぼ同時だ。セーフかアウトか。



「セーフ、セーフ!」



 鰐部わにべの高校通算100本目のホームランが、勝ち越し点になった……。



(続く)

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