146球目 本の虫を無視しない

「ねぇ。あの子は誘わへんの?」


「えぇー。オレ、あいつキライ。無口で何考えてるかわからへんもん」


「本読んで忙しそうやん。ムリに誘わんでええやろ」



 クラスメイトが次々と教室を去っていく。本賀ほんがは彼らを横目に見つつ、本を読み続ける。彼女は引っ込み思案で、中々コミュニケーションが取れずにいた。



 そんな彼女に唯一話しかけてきたのが津灯つとうだった。



本賀ほんがさん、キャッチボールしよ」


「キャ、キャ、キャッチボール?」



 いつも藩鉄ばんてつジャガーズのユニフォームを着た津灯つとうは、積極的な性格でクラス委員長を務めている。津灯つとうが太陽なら、本賀ほんがは月で、自分と絡むことはないと思っていた。



「うん。たまに体動かさないと、石になっちゃうで~」



 津灯つとうに引っ張られるままに、本賀ほんがはグローブをつけられ、ボールを受ける。彼女がとんでもないところに投げても、津灯つとうは怒らない。だんだんと楽しくなったきた。



「またキャッチボールやろね」


「うん!」



 本の世界の友情が現実世界に現れた。本賀ほんが津灯つとうとのキャッチボールやバッティングセンター巡りを通じて、野球にのめり込んでいった。



※※※



 トラ塩の山なりスローボールを投げられても、本賀ほんがは動揺しない。2階の兄とのキャッチボールとで慣れた軌道きどうとスピードだ。力をためてためて、振りぬいた。



 打球は9人内野の頭上を越える。



「1万円っピー!」



 辺田へんだが全速力でボールを追う。3塁ランナーの津灯つとうはベースに足をつけて、タッチアップの瞬間をうかがう。



 辺田へんだがスライディングしてボールをキャッチする。センターの美月みつきが両手を挙げて声をかける。



「早く投げろ、辺田へんだぁ!」



 津灯つとうがホームへ走る。辺田へんだの送球を美月みつきが捕る。美月みつきが投げようとした瞬間、津灯つとうのスパイクがホームを踏んでいた。



「ナイスバッチン、すーちゃん!」



 津灯つとうは満面の笑みと万感の拍手を送る。



 本賀ほんがはうつむいて小さくガッツポーズをする。



 これで4-3、ついに浜甲はまこう学園が逆転した。



(続く)

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