289球目 クローズド・スタンスは主流じゃない

 7回表の攻撃前、烏丸からすまさんが、尺村しゃくむらの超能力の正体を教えてくれた。だが、知ったところで、尺村しゃくむらの守りを突破できるとは思えない。



「前のイニングは、尺村しゃくむらの所に打たせようと、左バッターはインコース攻めやったもんね」


東代とうだい君、何かいい攻略法あるかい?」



 山科やましなさんの問いに、東代とうだいは首を横に振るだけだ。



「あー! 尺村しゃくむらに見られると、不吉なことばっか起こるからなー! どないしたらええんや。クアー!」


「そんなに嫌なら見んかったらええのに」



 ベンチ奥で腕を組んだ鉄家てつげ先生が、ボソッとつぶやく。尺村しゃくむらを見ないように打つ、そんなことが出来るワケが……、出来る!



「「クローズド・スタンス!」」



 俺と津灯つとうが同時に叫ぶ。同じ左バッターだから、すぐに思いつけた。



「クローズド・サークル?」


「スーちゃん、それはミステリー用語やで。クローズド・スタンスは、左バッターの場合、ピッチャーに背を向けて打つフォームです。アウトコースが打ちやすくなるよ」


津灯つとうの言う通り。でも、右バッターは、体をピッチャーに開き気味にするオープン・スタンスの方がいいかな。右でクローズドやると、尺村しゃくむらが視界に入るんで」


「それに気づいた尺村しゃくむらが、急に視界に入ろうとせぇへんか?」


ドントウォーリー心配いらないディフェンス守備側のプレーヤーがバッターをインターフェア妨害することはフォービット禁止です」


「おしっ! そんじゃ、俺はクローズドで打つよ」



 尺村しゃくむら攻略法が見つかり、意気揚々と打席に入る。ピッチャーに背を向ければ、あの女が全く見えない。



 ただ、このままではインコースが打ちにくいので、左足をラインギリギリに下げて、ベースから離れて立つ。



 俺がクローズド・スタンスにしても、猫屋敷ねこやしきの攻めはインコースだった。初球は見送り、2球目は打つ。打とうとすれば外へ逃げたが、流し打ちでレフトへ運ぶ。



 少し力ない打球になったが、レフトの菊田きくたが落下地点を謝り、守備位置の後ろへ落ちた。相手のエラーで出塁成功!



 山科やましなさんが送りバントを決め、火星ひぼし四球フォアボール、これで1死1・2塁だ。



 烏丸からすまさんが「七つの子」を口ずさみながら打席に入り、ピッチャーに背中を向けた。



 えっ? 何でクローズド・スタンスなの? 右バッターだから、尺村しゃくむらが視界に入るじゃないか!



(続く)

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