358球目 この小説は100日後にホームランを打つワニが主役ではない

 小学4年生の頃の鰐部わにべ大琉だいりゅうはスポーツに縁がなく、お笑い番組ばかり見ていた。



「ハハハ。大人やなくて犬人やないかい。ハハハ」



 彼は昨日見た芸人のネタをつぶやきながら、道を歩いていた。そんな彼の頭に野球ボールがぶつかる。



「いっだー! 誰や!?」



 彼は途端に頭をワニ化して怒鳴る。野球少年が帽子を取ってやって来る。



「ごめんなさい。ケガしてますか?」


「ごめんなー。俺がかっ飛ばしたばっかりに」



 打った本人は悪びれる様子もない。



「えっ? これ、君が飛ばしたん?」


「おう。ホームランよ、ホームラン。あっこからな」



 彼が指差したバッターボックスから鰐部わにべが歩いていた場所まで100m近くある。そんな遠くまでかっ飛ばせるなんて凄いと鰐部わにべは思った。



「すっごーい! 俺も飛ばしたいなぁ」


「ほんなら打ってみるか?」



 ホームランを打った子に連れられて、彼はヘルメットをかぶせされ、バットを持った。彼の目にはグラウンドが学校のより広く見えて、自分をちっぽけな存在に感じた。



生野いきの、デッドボールはやめたれよぉ」



 ホームランを打った選手が、マウンドの投手をいじる。



「うっさいなぁ! スリークォーターにしたから、大丈夫ですよ!」



 生野いきのが左足を上げて、ストレートを投げてきた。鰐部わにべはバットを振るが、当たらない。TVで見るプロ野球選手より大分遅いボールだが、体感速度は倍以上に感じた。



「ピッチャーはツッコミ……」



 間髪かんはつを入れずに鋭い速球を投げ込んでくるピッチャーが、お笑いのツッコミに見えてきた。ならば、バッターはボケをかぶせなければいけない。



 ツッコミが負けるほどの強烈なボケスイングをかまそうと、鰐部わにべはバットを振ったが、三球三振だった。



 これがきっかけで、彼は野球を始め、ボールが頭に当たって100日後に、生野いきのからホームランを打った。



(続く)

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