3.68.初めてのお遣い


 時々聞こえるキャッチの声を全力で無視しながら道を歩いている三人組がいた。


 今この三人が歩いているところは、店が多くあり、いかがわしい店や売り上げが伸びずに困っている店などが沢山ある商店街である。

 そのキャッチに鬱陶しさを覚えながら、目的地である鍛冶屋まで歩いているところだった。


「むー! むー!」

「……重そうだなアレナ……。軽くしたら?」

「はっ。その手があった……」


 アレナはすぐに手に抱えているレッドボアの毛皮に技能を付与しして、重量をほぼゼロに近い数値まで落とした。

 これでアレナでも片手で持てるようになり、右わきに抱えながらルンルンと軽快なステップで目的地まで進んでいく。


 そのとびぬけた技能に感覚が狂いそうになるローズであったが、この霊帝パーティーのメンバーにはおかしいのしかいないと割り切ることにした。


 重量を操る技能など、長く冒険者をやっているローズですら見聞いたことすらなかったのだ。

 驚いてしまうのも無理はないが、それよりも他の人がこの技能を見たらどう思うだろうという心配もあった。


 これだけ珍しく強力な技能を持っているアレナがいれば、魔物討伐など容易であるし、パーティーの安全性も変わってくる。

 冒険者は命あっての賜物であるため、優秀な技能を持っている人物を取り合って戦闘になることも珍しくない。


 もしアレナが引き抜かれてしまったら、応錬にどう言い訳をしたらいいかを考えながら道中を歩いていたのだが、零漸がいる限りそんなことは絶対にないだろう。


 アレナも規格外であれば、零漸はもっと規格外だ。

 ユリーの斬撃を体で受け止めるなど狂気の沙汰だと思ったが、実際に出来てしまったのであれには本当に驚いた。


 どうしたらそんな桁違いの防御力を所持することができるのだろうかと思ったが、考えてもわからないし聞いても教えてくれなかったので、もうその話題に触れることはやめにしている。


 逆にこの二人に関わろうとした冒険者は哀れだなと思う。

 どうか誰も突っかかってきませんようにと願っているローズだが、時々くるキャッチにびくびくしていた。

 本当に心臓に悪いし、逆に生きた心地がしなかった。


「零漸! 私この毛皮売ってきていい?」

「お、一人で大丈夫?」

「うん!」

「まって?」


 流石にアレナに一人でこの街を歩かせるのは避けたい。

 子供がこんな高級な毛皮を売りに行ったらぼったくられるに決まっているし、盗まれる可能性も十分にある。

 零漸と一緒ならまだしも、アレナ一人だけで行かせるのは許せなかった。


「何? ローズ」

「いやいや……流石に子供を一人で行かせるのはどうかと……」

「大丈夫! 私一人で行ける!」

「いやそうじゃなくて……」

「アレナなら大丈夫だろ! な!」

「ウン!」

「いやだから──」

「行ってきます!」

「鍛冶屋はそこだからなー!」

「待って!?」


 あれ、おかしいこの人たち止まらない。

 アレナを捕まえようと、手を伸ばしたが、それを零漸に止められてしまう。


「じゃ、アレナが帰ってくるまでどっかで待とうか」

「ああ……」


 だんだん遠くに行ってしまうアレナを眺めながら、最終的に折れて零漸に従ってしまうローズなのだった。


「応錬さん……私のせいじゃありませんので……」



 ◆



 Side-アレナ-


 私は首を傾げていた。

 零漸から教えてもらった通り、鍛冶屋を目指していたはずなのだが、よく考えてみれば零漸の言う「そこ」とは一体どこだったのだろうか。


 適当な曲がり角を曲がって走っていったところ、ここがどこだかわからなくなってしまった。


「あれぇ?」


 戻ってみようとするが、先ほど通ってきた道のことなど覚えていなかったので、来た道を帰ってみたと思っても、全く知らない道に出てしまう。

 これを数回繰り返せばあら不思議。完全な迷子になってしまうのだった。


「ど、どうしよう……」


 こういう時どうすればいいのか、私は良く知らない。

 応錬か零漸がいてくれれば、まず迷子にすらならなかったのだろうけど、いない人のせいにしてはいけない。


 とりあえず落ち着いて今やらなければならないことを考えてみよう。

 まず、今手に持っている……なんたらの毛皮を、鍛冶屋に売りに行かなければならない。

 これが第一目標であり、私はそれを零漸に頼んで任せてもらった。


 次にこの毛皮を売った後、零漸とローズと合流をしなければいけない。

 今の私は迷子であるため、あの二人が何処に居るか全くわからないけど、それでも何とか合流しなければいけない。


 でも合流するのは後でも問題ない!

 まずはこの毛皮を鍛冶屋に売りに行くことだけを考えよう。

 そうすれば後で見つけてもらっても、ちゃんと売ることができたのか、えらいぞーと褒めてもらえるかもしれない。


「よし! この作戦で行こう! えっと、鍛冶屋さんってどこだろう?」


 周囲を見渡してみれば、いろんなお店が立ち並んでいるところだという事がわかる。

 あれが一体何屋さんなのかは全く分からないが、鍛冶屋ではないという事だけはわかった。


 さて、まず鍛冶屋を探さなければならないのだが……どうにもこの辺りにはなさそうだ。

 目印となる看板には剣と盾が描かれているはずなので、すぐにわかると零漸はが言っていたことを思い出し、上を見ながらその辺を歩いて回った。


 しかし、歩けど歩けど剣と盾が描かれている看板が見えてこない。

 随分と歩いてきたので一つくらいあってもいいとは思ったのだけど、全くなかった。


 それでも目印となる看板を求めてうろうろとしている時、後ろから声をかけられた。


「おい!」

「?」


 振り返って声をかけてきた人物を見てみれば、私より少し背が高いくらいの冒険者らしい少年たち数人が、私の後ろで仁王立ちをしていた。


 明らかに冒険者になりたての子供だなぁ~と思ったが、そういえば私もなりたてだったと思い出して、とりあえず失礼のないように受け答えをすることにした。


「なに?」


 思ったよりトゲトゲしてしまったことは全く気にせず、少年たちの反応を待った。


「お前、それレッドボアの毛皮だろ。それどうしたんだ」

「これ? 応錬が狩った奴を零漸がなめした物だけど?」

「お前のじゃないんだな?」

「?」


 この子達は一体何が言いたいんだろう。

 言いたいことがあるならわかりやすく言ってほしい物である。


 と言うかこれ、レッドボアの毛皮っていうのか……。


 でも、レッドボアを狩ったのは応錬だし、それを解体したのはウチカゲ、そしてこの皮をなめしたのは零漸であるため、これは誰の物? と聞かれれば、とりあえず狩った応錬の物になるだろう。

 私の物ではないのは確かだが、応錬と零漸から頼まれて売りに行ってくれと言われたのは私だ。


 なのでこれは私の物とか、応錬の物とかではなく、パーティーの物という扱いになるはずだ。

 この子達は多分それが聞きたいと思うので、そのように答えることにした。


「これは私のではないけど、私のパーティーの物だよ?」

「嘘だ! お前みたいなやつがそんな高価な毛皮持てるはずがない! ましてやレッドボアなんて狩れないだろ! パーティーって言ったって俺たちみたいな少年冒険者のはずだ!」

「でも狩れたからこうして持ってる。あとパーティーの中で子供は私だけ。後はみんな大人」

「大方どっかから盗って来たんだろ!」

「そうだそうだ! 大人がお前みたいな子供をパーティーに入れるわけないだろ! 嘘つくのも大概にしろ!」


 おかしい……全部事実を言っているはずなのに、その全てを信じてくれない。

 こういう時、一体どうしたらいいのだろうか。


 んー……考えても剣を抜く以外の選択肢が私の中で思いつかない。

 でも相手は人だし……剣も抜いてないし……いや抜きそうない勢いではあるんだけど……。


 あ! そういえば零漸とユリーお姉ちゃんがやってたことを真似すればいいんじゃないかな!?

 でも急に剣を抜いちゃうとびっくりしちゃうから……話をそっち方面に持っていこう。


「えっと……じゃあどうしたら全部信じてくれる? 模擬戦する?」

「そんなことしなくたってお前がその毛皮を俺たちに渡せばいいんだよ! そしたらその持ち主を探し出すから!」

「だから……その持ち主は私のパーティーだって言ってるじゃん」

「信じられっかよ!」

「むー……話が通じない……」


 なんで私より年上っぽいのに、こんなに話が通じないのだろう。


 若干イライラしてきたが、ここで先に手を出してしまえば私が悪者になってしまうかもしれないので、相手が動くまで懸命に堪えて待ち続ける。


「なぁ、あいつ渡す気ないみたいだぜ?」

「だな……どうする?」

「奪っちゃえばいいんじゃない? あいつの物じゃないんだし」

「そうだよ。あの毛皮がなくて困ってる人絶対いるよ」


 なにか小声で話し合っているが、残念ながらこちらまでは聞こえないため雰囲気だけを頼りに何を話しているのか予測を付ける。

 剣に手を当てはじめたので、いよいよ奪いに来てくれそうだという事だけはわかった。


 しかし……いつの間にかギャラリーが増えてしまっている。

 少年たちがあれだけ大声で叫び散らしたので、なんだなんだと周囲の人々がこちらに関心を持ってしまったのである。


 あの少年たちからすれば、今自分達は悪党を懲らしめるヒーローのつもりなのだろう。

 こちらとしては迷惑もいい所なのだが、逃げ出せばまた何か言いがかりを付けられるかもしれないので、相手が納得するまで付き合ってやることにした。


「よし! 今すぐその毛皮を渡すか、渡さないか選べ!」

「選ぶも何も、これは私たちのって言ってるでしょ」


 私がそう反論すると、少年たちは剣を抜いた。

 全員が前衛職のようで、盾を持っている者もいれば、見栄えをだけを重視したような剣を二本持っている者もいた。


 でもこれでやっとやりやすくなった!


「盗ったものを売るなんて冒険者としてやってはいけない! その毛皮を返してもらうぞ!」

「わーたーしーたーちーのだって言ってるでしょ!」

「やー!」


 一人の掛け声を合図にして、後ろに待機していた少年たちが私に向かって突撃してきた。

 十分距離はあるし、これであれば避ける必要もない。


「『重加重』」

「うべ!」

「がっ!?」

「だはっ!」


 少年たちは私の技能をもろに食らったらしく、全員がその場に突っ伏した。


「ええ……弱い……」


 この少年たちは魔物より弱いと思う。

 これから先、魔物より弱くて冒険者なんてやっていくことができるのだろうかと心配になってくるが、まず人の話を聞かない人はいい冒険者になんてなれないだろうなと思ったので、心配ではなく哀れな目を向けることにした。


 突っ伏した少年たちはその重力に耐えかねたようで、泣きながら命乞いをしている。

 とはいっても、この技能は相手が気絶するか、私が一定の距離を取らなければ解除できないので、私はそそくさとその場を離れることにした。


「あ、そうだ。鍛冶屋って何処?」

「ああああああああ隣の道ぃ! 教えたからこれ解いてぇ! これといてぇええ!」

「あ、ありがとう」


 ちょっとやりすぎちゃったかなと反省しながら、教えてもらった通り隣の通りに行くと、すぐに鍛冶屋を見つけることができた。

 中に入ると零漸とローズがいて、ローズは私を見つけるや否やへなへなと膝をつき、零漸は駆け寄ってものすごく心配してくれた。


 心配をかけてしまったようなので、素直に謝っておくことにし、手に持っている毛皮を売却した。


 あれ? もしかして私って……隣の通りをずっとグルグルしていただけだった?




※作者より

 新しい小説を投稿しはじめました。

 よければご覧くださいませ。

題名は『転生したら狼だったけど仲間を信じて生き抜きます』です。

あと『侍の敵討ち』も宜しくお願い致します。

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