2.36.疑問


 一番目の見張りと二番目の見張りの鬼達と一緒に見張りをしていたのだが、早いものでもう三番目の見張りと交代の時間になった。

 俺は終始心配されていたが、問題ないと水で作った手で親指を立てる。

 もう時間帯は深夜の二時あたりだろうが、何故か眠気が一切出てこない。


 これなら徹夜も普通にできそうだ。

 最悪姫様の肩で寝ていればいいだろう。

 今日はとことん見張りの鬼たちを労うぞ。


 鬼たちは交代の時に俺のことを事前に教えてくれているらしい。

 これで一々驚かれる心配はなくなる。

 気が利く奴らだ。


「白蛇様」


 交代でやってきたのはテンダだった。

 事前に話を聞いていたとはいえ、本当に俺がいることに少し驚いているみたいだな。

 だが「此処は任せてお休みください」などとは言ってこない様だ。


「白蛇様の気宇、感服いたしました」


 気宇ね……そんなに心は広くないかもしれないけど俺も元人間だ。

 人が死ぬ痛みくらいわかっているつもりだし。

 流石に戦争で人が死ぬところを見たわけで、こいつらの気持ちはあまりわかってやれないが、こいつらを見ているとどうも世話を焼きたくなってしまう。

 今のこの現状であれば、崇めている対象である俺が皆を労うのが一番いいのではないかと、勝手に思ってはいるのだが……これも気休めかもしれないな。

 だが何もしないというのは、ちょっと違うしな。

 俺ができることをしてやりたいと思っただけだし、俺はそんな良い奴ではないさ。


 だが、この世界で暮らすなら……人の死とかは日常茶飯事になってくるのかもしれないな。

 あんまり考えたくないことだけど。


「白蛇様。俺の里の皆は良い奴らでしょう?」


 俺はそれに頷く。

 それは見ていてもわかる。

 初めて見た俺でもこいつらは良い奴らだと思える程にいい奴らなのだ。

 だが……だからこそわからないことがある。


「……何故仲間を失っているのにあんなに笑っていられるか、不思議ですか?」


 もう一度頷く。

 俺の分からないところはまさしくそれだ。

 テンダは俺の前では殺気を放ちながら復讐の意を示してくれた。

 あれが普通だ。

 理不尽の中で殺された仲間の敵を誰が許すことができるだろうか。

 だが他の者の前では一切そういった感情は見せなかった。

 他の者もそうだ。

 誰もそんな怒りの気配を放ちはしなかった。


 この疑問は前にも一度感じたことがある。

 それはアレナと出会った時だ。

 アレナは自分のことより姉であるサテラのことを常に心配していた。

 自分は奴隷商に連れていかれるというのに、復讐したいだなんて事はしようとしていなかった。

 両親を殺されていても尚、そんな考えは持ち合わせていないように思えたのだ。

 俺にはあれが未だにわからない。


「俺たち鬼は……仲間の死を笑って見送ります。自分がいなくなっても、生きている鬼たちが笑っていれば自分の死を乗り越えて次に進んでくれると安心して、無事にあの世へと行けるとされているからです。逆に一滴でも涙を流してしまえば、死者はその子を心配して憑りつき、悪鬼へと近づけてしまうともされています。故に俺たちは……涙を見せれぬのです」


 話を聞いてみたのは良かったが……想像以上に重い話だった。

 涙を見せれない鬼……ここに居る鬼たちは全員がそうなのだろう。


「勿論全員復讐心はあります。残っていますとも。あれだけ何事もなかったかのように振舞っているのは、俺たちの近くにまだ死者がいるからです。死者は死んでから一か月は俺たちのそばから離れないとされています。なので俺たちは一月の間は行動を起こしません。その後より……ゆっくりと戦力を蓄えて俺たちの里を奪った者たちを殺しに行きます」


 ……本当なら一刻も早く敵を討ちに行きたいわけか……。

 てなると、こいつらはアレナとは違うようだな。

 ちょっと安心したよ。

 アレナのあの対応が普通だったら俺は近くにいた人物の死には耐えられないだろうからな。

 こいつら強いわ。

 いろんな意味で。


「はは。少し物騒な話でしたね」


 でも決意は伝わったよ。

 だけど……どうして奴隷商はこんなに沢山の兵士を雇うことができたんだ?

 事を大きくしたくないのならこんな大掛かりなことはできないだろう。

 だがこうして兵が出兵してきている。

 テンダたちの里を襲った人数は千人くらいだっけか?

 それだけの数を動かすと気が付かれないということは絶対にないはずだ。

 むしろ隠す気がないのだろうか?


 そもそもアレナのいた場所のことを一切知らないので、狙われる理由もわからん。

 何かの大義名分があったのかもしれないが……。

 鬼たちの里を狙ったのもよくわからん。

 鬼は亜人に分類されるので、亜人を良く思っていない者たちの行動だったのだろうか。


 何処の国からその兵士たちが出てきているのかは知らないが……どんなによく取り繕っても碌な発想が出てこない。

 まず奴隷商が関わっていることは明白だ。

 そして商人も関わっている可能性も高い。

 商人達が冒険者に依頼をする場合であれば、何の躊躇いもなしに冒険者は動き出すだろう。


 だが、奴隷狩りとなれば話は別になる。

 普通の冒険者であればそんなことに手を染めたりはしないはずだ。

 奴隷狩りをする人間なんて碌な奴じゃなさそうだからな。

 ではあの千を超える兵士は何処から?

 考えられる事は思いつく限り何個かある。


 まず一つは奴隷商直属の兵士。

 千を超える護衛や兵士達を所有しているかどうかはわからないが、一番動かしやすいのはこの辺りだろう。

 どうせ碌なことをやっていない奴らなのだ。

 武器の調達も正規の依頼ではなく裏組織から頂戴しているのだろう。


 もう一つは奴隷と罪人奴隷たちの連合軍。

 この世界に魔術があるのであれば、奴隷を強制的に働かせるという呪い系の魔法があってもおかしくはない。

 その魔法を使って奴隷たちに里を襲わせた可能性もなくはないのだが……奴隷が奴隷狩りをするなんて非効率過ぎる。

 可能性としてはありえなくはないが、この案はあまり実用的でない。


 最後が一番最悪なパターン。

 国が奴隷狩りを容認している場合だ。

 奴隷商は何も気にせずに行動をすることができる。

 兵士の調達も武器の調達も何もかも国が援助してくれるのだから。

 この考えで通すのであれば千の兵士が動いているというのも不思議ではない。

 奴隷商が貴族や王族に何かを吹き込んで行動を起こさせている可能性もあるが……そこまでは流石にわからない。


 だが、この案があっているか外れているかはどうあれ、この奴隷は戦争で捕まった捕虜でもなければ、借金を返せない者でも子供の頃から住む場所もない者でもない。

 俗にいう闇奴隷という扱いになるはずだ。

 決して容認できるような事案ではない。

 奴隷商がクズなのはわかっているとして……王族まで腐っていたらどうしようもないな。


「白蛇様」


 俺が考えているところにテンダが空気を読まずに割って入ってくる。

 一方的な会話になっているのでこうなってしまうのは仕方がないことなのだが……。

 ていうかテンダのことをすっかり忘れていた。


「知っておいてもらいたいことが一つあります。姫様のお父上、大殿様のことです」


 そういえばまだ一度も会っていない。

 会話からしてどこかに行っているような感じではあるのだが……帰ってくる気配が一切ない。

 もうじき前鬼の里に到着してしまうというのに何をしているのだろうか。


「大殿様は先の戦で討ち死にしております」


 ……ほぇ?

 え?

 いや、え!?

 いやいや!

 姫様が前に「父様は?」とか言ってたじゃん!

 え? もう亡くなっているの!?

 じゃあなんで生きている風に殿様の事を持ち上げるんだ?


「大殿様、テンマ様が亡くなられたのは此度の戦ではありません。五年ほど前の戦です。詳細は省きますが……その時、殿様が討ち死されたと報告が入った時、姫様が泣かれてしまったのです。それからという物、回復系技能を多く持っていた姫様はその一切を失いました。代わりに膨大な魔力を手にされ、見たことのないような技能を扱うようになりました。恐らく、娘である姫様の身を案じて大殿様が姫様に憑りついたのでしょう。これは予測ですが、姫様は悪鬼へと近づいています……」


 ……鬼が泣くと死者が取り付いて悪鬼に近づくというこいつらの伝承はあながち間違いではないようだ。

 技能がなくなるなんて初めて知ったが。

 だがそうなったということは、姫様の身に何かが起こったと考えていいだろう。

 技能が無くなるなど、相当なことがない限り無くなりはしないだろうからな。


「故に」


 うっわびっくりした。

 ウチカゲまた急に出てくんなよ。

 テンダもビビってんじゃねぇか。


「故に……俺たちは、姫様が見ている大殿様を否定せず、まだこの世に残っているように話を合わせているのです。俺たちはこれ以上姫様が悪鬼の道へ歩みを進まぬよう、お守りせねばなりません。俺とテンダは、五年前よりそのように誓っております」

「姫様は悪鬼に近づくとき、必ずと言っていいほど技能を使用します。その度に魔力量が上昇するようです。俺たちとしても悪鬼となる鬼を見たことがありませんので、一体いつ完全に悪鬼になるのかはわからないのです。それは伝承にも詳しくは記されていませんでした」


 二人の鬼は難しい顔をしている。

 前例がない者の対処程難しく慎重になる物はないだろうからな。

 このことは奥方も知っているのだろう。

 それに多分、姫様もこの悪鬼化については知っていると思う。


 先日護衛中の冒険者と鉢合わせになりそうになった時があった。

 その時は事なきを得たが、姫様が「戦わずに済みました」と言っていたはずだ。

 何処までわかっているかどうかはわからないが、技能を使うたびに魔力量が増えているのは知っているだろう。

 魔法力も上がっていたりするのだろうか……。

 だが使わせたくない技能であるのは間違いないな。

 俺も少し気に留めておくことにしよう。


 ていうかMPじゃなくて魔力って言うんだな。

 まぁMPといってわかるのは俺と零漸くらいなものか。


「白蛇様も……少しだけでいいので姫様の事を気にしてやってください。随分懐かれているようなので問題はないかと思いますが」


 本当だよ。

 まぁ技能を使わせなかったらいいわけだな。覚えておこう。


「ところで……ウチカゲ。お前寝なくていいのか」

「三日位なら問題ない」

「お前あの集落で寝てから寝てないのか? 無理するなよ?」

「夜目が利くのは俺だけだからな。皆のためだ。多少の無理くらいするさ。その代わり前鬼の里についたら後は任せる」

「おう」


 流石兄弟。

 仲がいいみたいだな。

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