2.37.前鬼の里


 夜が明けたようだ。

 俺は一日見張りをしていたが特に眠くなることはなかった。

 この調子ならウチカゲがやっていたように三日位の徹夜も平気かもしれない。


 全員が起きて、朝食をとった後に前鬼の里に出立する。

 姫様が朝起きたら俺がいないものだから騒ぎ立てたらしい……。

 全く手のかかる姫様だ。

 俺がいなくなったらどうするつもりなんだ……。


 とまぁそんなこんなで俺はいつもの定位置である姫様の肩に乗っている。

 昨晩あの二人から頼まれたしな。

 少しくらい見てやろう。


「白蛇様、姫様、奥方様。見えてきましたよ」


 テンダが指を差す方向には、石垣にある木々に囲まれて城が佇んでいた。

 大手門の先には城下町が広がっていて、水路なども沢山伸びている。

 城下町を挟んでいても、その城の大きさと石垣の大きさはとんでもなく大きいとわかる。

 一国一城……そんなイメージのする場所だった。

 そして完全に日本建築。


 城は黒を基調とした造りになっている。

 櫓の数も多く石垣の白色と相まってとてもはっきりと見える。

 天守閣は五重六階の天守だ。

 唐破風が作られているあたり、形式であったり格式の高さの表現だったりは昔の日本と変わらないのかもしれない。

 だが今日本にある城と違って城を隠すように木が植えられている。

 前世で見た城は外から城の作りがよく見えるように木々が少なかったが、此処では反対だな。


 一説では木は城を隠すために植えられていたと聞く。

 だがそれでは味方も敵の姿が見えないだろうとしていろいろな意見があったようだが……そのための天守閣じゃないんですか?

 って思うだろうけど天守閣で軍議を開いたり、実際に登って籠城戦を指揮するなどと言ったことはまずなかったそうだ。

 殆どはその格式の高さと権力、軍力を示すためだったか?

 倉庫になっていたとか聞いたこともあるが……。

 この辺は昔の人ぞ知ることなので詳細はわからないな。


 城下町の外には広大な畑が広がっており、今俺たちはそこを歩いている。

 あぜ道は少し狭いが馬車位なら通れるだろう。

 畑にいる鬼たちも俺らの姿を見るなり手を振って挨拶をしてくれている。

 んで、俺に驚いているようだ。

 もう慣れたけど。


「白蛇様。ここが前鬼の里ですよ。まだ城下に入っていないので閑散としていますが城下はすごいですよ!」


 姫様が楽しそうに俺に説明してくれた。

 確かに閑散としてはいるが、小さな小屋だったり農家が住むような立派な家もちゃんとある。

 俺からしてみればそんなに寂しい場所だとは思わないな。

 何より畑に出ている鬼が多い。

 木こりなんかもちゃんといるようだし、川もあるのか、船を作っている鬼達もいる。

 なんか俺のイメージしていた鬼とは全然違うな。


「おお!? テンダじゃねぇかー! どうしたおい!」


 大きな声をあげながら畑から上がってきた鬼がいた。

 和服をタスキで結んで作業がしやすい格好をしている。

 テンダと同じ赤色の角で、どこかウチカゲに似ている。

 テンダのことを呼び捨てで言うのだから親戚の鬼なのかもしれないな。


「お久しぶりですね。デン様」

「はっはー! みねぇうちにまたデカくなったな! 今日はどうした?」

「ちょっと込み入った話になります」


 声をかけられた時は笑顔を作っていたが、話を切り出すと同時にひどく真剣な顔つきになった。

 デンと呼ばれた鬼もテンダの様子に気が付いたのか、へらへらとした表情を引き締めて真剣に話を聞くことにしたようだ。


「何があった」

「この者たちが俺らの里の生き残りです」

「……すぐにライキ様に報告しよう。俺は先に行って事情を説明してくる。お前たちは旅の疲れもあるだろうからゆっくりこい。宿は城で準備してやるから心配するな。だがライキ様と面会するのはお前とウチカゲとヒスイとシムだけだ。他の者は休んでもらってくれ」

「わかりました。白蛇様は俺達と一緒にいてもいいですか?」

「白蛇様? 何言ってんだそんなの伝承で本当にいるとかありえ──たわ。わかった。それも込みでお前達には話を聞かせてもらう。みんなー! ちょっと抜けるけど大丈夫だよなー!?」

「「おー。まかせとけー」」


 このデンとかいう鬼、ずいぶん呑み込みが早いな。

 まぁ俺達としてはそっちの方が助かるので良いのだが。


 デンは他の者にその場を任せると、すぐに城へ走っていった。

 途中でふっと消えたけどきっとただの見間違いだろう。


「皆の者。もう少しの辛抱だ。頑張ってくれ」


 俺たちは城に向かって進んでいく。鬼たちはたいして疲れていないように思えるが、それは見かけだけだろう。

 本当は心も体もボロボロなはずだ。

 テンダとしては一刻も早く休ませてやりたいだろう。


 畑を抜け、城下町に入る。

 城下町の大門の前で一度止められたが、デンが話を通してくれていたようで、すんなりと通ることができた。

 大門の見張りは体の大きい鬼が担当していたのだから一瞬怯んでしまった。

 テンダの身長の二倍あったぞ。

 恐いわ。

 ちゃんと金砕棒を携えていたしな。

 俺のイメージする鬼とぴったしだった。


 城下町に入ると細い通りに出た。

 この辺は安価な宿が多い場所のようで、少しだけみすぼらしい。

 迷路のような場所を何の躊躇いもなしに右へ左へと進んでいると、すぐに大きな通りに出ることが出来た。

 俺だけだったら絶対に迷っていそうだ。


 大通りには様々な店が立ち並んでいた。

 鬼も沢山いる。

 呉服屋に始まり屋台、米屋、味噌、金細工、刀鍛冶などといった店が点在していて、まるで江戸時代にタイムスリップしたように感じた。


 最近まともな食事にありつけていなかったせいか、姫様が屋台を見る眼力がすさまじい。

 屋台の店主もちょっとビビってるじゃないか。

 やめなさい。


 あ、白蛇のぬいぐるみを売っている店がある。

 俺とめちゃくちゃ似てるじゃねぇか。

 だからこんなに人の多い場所に入っても誰も驚いたり声をかけたりはしてこなかったんだな。

 多分今の姫様は伝承の白蛇様のぬいぐるみを買ってもらったお子様みたいな目で見られているんだろうな。

 通行の邪魔をされなくて助かっているけどさ。


 そういえばさっきのデンって鬼は一体誰なんだろう。

 聞いてみるか。

 無限水操で水を作り出してデンの姿を象って、隣にクエスチョンマークを置いておく。

 姫様はすぐにわかってくれたようで、テンダに聞いてくれた。


「テンダ。白蛇様がデン様の事を聞いているわよ」

「デン様ですか? あの方は俺の父様の兄様なのです」


 ああ、なるほど。

 だからウチカゲに少し顔が似てたんだな。

 てことはテンダが父親譲りの顔だちなのね。


「あの方はああ見えてとてもすごいお方です。大殿様であるライキ様の家臣でありながら、自ら培った農業の技術を伝授するために、里の者たちと畑を耕しています。ですが、家臣としての仕事を放り出すらしいので、ほとほと手を焼いていると聞いたことがありますね」


 デンは家臣なのか。

 家臣でありながら畑を耕しているとは……すごい奴だな。

 だけど本当は家臣としての仕事をしたくないだけなのではないか?

 なんか体動かす方が好きなような体してたしな。

 書類整理とか似合わない。


 だけどこういう家臣が一人くらいいたほうが良いことは確かだろう。

 自分で里の者たちの声を聴きに行くというのはなかなかできることではないからな。

 上で動いている奴らは現場の声を聴かない事も結構多い。

 現場を管理するために上がいるというのに、現場の声を聴かなければ現場は悪くなる一方だ。

 自分だけのことで精一杯なら上になるなんてやめておいた方がいいのにな。


「でもこうして俺たちが来ると何よりも先に取り計らっていただけるので、有難い限りです」


 話をしていると、既に城門前まで来ていたようだ。

 城門前の兵士に連れられ、俺とテンダと姫様、ウチカゲ、シムは城の中へと入っていく。

 他の者は宿に連れて行ってもらえるらしい。


 城内には様々な木が生えているが、手入れが行き届いているという印象を受ける。

 石で作られた階段を登って城主であるライキの居る場所まで歩いていく。

 一の丸はやはり広大だ。

 そこから二の丸へと歩いていくのだがそれに結構時間がかかった。

 道は複雑ではないが、門が多く巧妙な仕掛けも多く発見できた。

 門の所では必ず左右から横矢がかけられるような作りになっていた。


 随分人手が必要な城になっているが……やはり兵力も沢山いるのだろうか?

 でなければこの作りだと手薄な場所ができてしまうからな。

 俺から見たこの城は、入らせないのではなく、逆に入らせて倒すような城に思える。

 勿論入らせないことも考えているのだろうが……。


 歩くこと十分。

 ようやく二の丸御殿のある場所にたどり着いた。

 これまた随分大きな御殿だ。

 その上に三の丸があってそこに本丸御殿があるようだった。

 あの場所が大殿が寝泊まりする場所なのだろう。


「こちらへ」


 若い男の鬼が俺たちを案内してくれる。

 礼儀作法は前世とは違うようだが、振舞いとしては問題がないほどに綺麗だった。

 付いて行くと、一つの襖の前で足を止め、立ったまま声をかける。


「ライキ様、デン様。テンダ様ご一行がお越しになられました」

「入れ」


 威圧のある歳を召した人の声が聞こえた。

 若い男の鬼は襖を片手で開けた後、俺たちに入るように手で促す。

 中に入ってみるとここはどうやら白書院のようで、前世でも見たことのある作りだった。


 上手にはデンと、筆で何かを書いている老人の姿があった。

 竹の描かれた豪華そうな羽織を着ており、額から白い角が二本細長く伸びていた。

 体も細そうで、手は少し力を入れれば折れてしまうのではないかと思うほどに細い。

 だが、その目には力が籠っておりとても鋭かった。

 和服との相性もありとても貫禄あふれるこの人物がライキなのだろう。


「…………まぁ座れ」


 低い声で俺達に座布団に座るように促してくれた。

 全員は軽く一礼をした後、ストンと座布団の上に座った。

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