2.38.瞬城のライキ


「……敵は?」


 俺達が座ったのを確認すると同時に質問を投げかけてきた。

 どうやらもうわかっているようだ。


「はっ。千の手勢で里に襲撃がありました。恐らく奴隷商が派遣した兵士共かと思われます」

「……敵の武器は?」

「遠距離での火矢、火炎魔法などがほとんどでした。接近戦はせず、遠距離、中距離での攻撃に特化した兵士共しかいなかったように思います」

「……火矢の射程距離は?」

「ざっと百メートル」

「……なぜ負けた」

「俺たちの里の者は全員で二百程度しかおりませんでした。数に押され、家も燃やされて連携が取りにくく……俺たちの得意な近距離戦ができなかったことが敗因だと考えております。しかし、何やら妙な気配を感じました」

「……妙な気配?」

「すみません。それがなにかはわかりませんでした」


 テンダはライキの質問に全て答えていく。

 今ので聞きたいことは大体終わったようで、ライキはゆっくりとした動作で顎に手を当てて何かを思案しているようだった。


 数秒後、手元にあった和紙を取り換えてまた何かを書き記していく。

 だがチラチラと俺のほうを見ている。

 なんだ?


「……テンダよ。その白蛇様は? まさか人形などとは言わぬよな」

「あのようなおもちゃと同じにされてもらっては困ります! 白蛇様は本当の白蛇様なのですよ!」


 ライキはテンダに聞いたはずだったのだが、それに答えたのは姫様だった。

 相手を気にせずに堂々と言い放つ度胸は認めてあげたいがもう少し言葉を選んでください姫様。

 俺の肝が冷えます。


「それはすまなんだ。この里の者も白蛇様の伝承を信じ切っておるのでな。まさかわしが生きているうちに会うことができるとは……このライキ、誠に嬉しく思いますぞ。応錬様」


 !?

 な!?

 俺の名前を当てやがった!?

 な、なんだこのじじい!

 俺は言葉を発するどころか文字すらも書いていなかったのだぞ!?


 ライキは先ほど書いていた文字を俺たちに見せてくる。

 確かにそこには『応錬』と書かれていた。

 完全に俺の名前だ。


「いやはや……何分初めて見る文字故、少々書くのにてこずりましたぞ。ですがこの字、よく筆が乗りますな」

「すみませんがライキ様。白蛇様は言葉をご理解なされます。おそらく今、少々困惑しておられるかと……俺達も驚いてはいるのですが……どうして白蛇様のお名前を?」


 そう、そうだよ。

 俺もそれが知りたいよ!


「なに。わしの技能の一つじゃよ。わしはとある技能を使うことで相手の名前を見ることができるのじゃ。技能と種族まではわからんがの」


 そんな技能もあるのか……。

 てことは技能を見られる技能もあるということなのだろうか?

 そんなのがあったら対策されちゃうじゃん。

 チートじゃん。


「だが少し危険な技能での。あんまり使いたくないものなのだが、流石にいつまでも白蛇様と呼び続けるわけにもいかん。お名前があるのであれば知っておいたほうが良いだろうと思うて使ったまで」

「白蛇様。白蛇様のお名前は応錬というのですか?」


 はい、そうですよ。

 俺と同じ転生者の一人が付けてくれた立派な名前だ。

 意味合いもいいしな。

 俺は頷いて合っているという。


「応錬様ですね。改めまして、私はヒスイです。よろしくお願いしますね」


 姫様は俺に笑顔を向けれくれる。

 こうしてみているのであれば本当にかわいい姫様なんだけどな。

 我儘を言わなくなれば完璧だ。


「ご挨拶の途中で申し訳ございませんが……ライキ様、テンダ。お話を続けたほうがよろしいのでは?」

「ふむ。そうだな。してテンダ。お主らはこれよりどうする? わしとしてはお前たちもこの城に住まわせてもよいと考えておる。同族を見殺しにはできんからな」

「感謝いたします。そのお言葉に甘えさせていただこうと思います。しかし、使う時は思う存分使ってください」

「無論だ。ただで住まわそうなどとは思っておらんわ。だが無理難題は吹っ掛けぬ……ちゃんと向こうの里で城作りをせなんだわしにも非はあるからの」

「何を言いますか。あれはテンマ様が拒んだこと。ライキ様に非などありませんよ」

「ふん。瞬城のライキと呼ばれたこのわしの申し出を断るとは、本当に面白い奴だったな」


 テンマとライキって仲悪いの?

 てか瞬城のライキ?

 なんだその二つ名。

 零漸がいたら真っ先に食らいつくぞそれ。


 俺が首を傾げると、姫様がその意図を汲み取ってくれたらしい。

 小声で俺に瞬城のライキのことを教えてくれた。


「ライキの二つ名は瞬城のライキっていうんです。その理由は一瞬で堅城なお城をお作りになるからだと聞いた事があります。私はそのお姿を見たことはありませんが、ライキ様がその場に立っているだけで難攻不落なお城が出来上がると言われているのです。敵の進軍を妨げたりするのはもちろんの事、その敵を半壊滅状態にまで持ち込むというすごいお方なのですよ」


 なんだそりゃめちゃくちゃだな。

 兵士たちはどうなってんだ?

 一人で指揮できるのかよ……それともライキにも『指揮伝達』っていう技能があるのか?

 なんにしてもあんまり敵に回したくないな。


「ですけど……あまりの接近戦の弱さにご自身でも驚かれている様子でした。子供にも負けてしまうのですから……後、弓も引けませんし刀も握れません」


 あ、こいつそんなに強くないぞ。

 完全に軍師系の鬼だな。

 頭はいいし築城もすさまじい才能を発揮するけど接近戦は恐ろしく弱いと。

 若いころはまだ違っただろうけど、その時はまだ切れ者ではなかったかもしれないしな。


「ヒスイ。あんまり悪口言わないの」

「だって応錬様が聞いてくださったのよ? 答えない訳にはいかないわ」

「もうちょっと言葉を選んでって言ってるのよ?」

「……? 何か変だったかしら?」


 姫様何が悪かったのかわからないようで、首をかしげている。

 でも子供に負けたり刀も握れないっていう事実はあんまり知られたい事柄ではないと思う。

 シムはそのことを言っていたようだが、姫様にはわからなかったらしい。


 幸いライキはそのことに深く突っ込む気はないらしく、テンダと会話をしている。

 姫様は聞こえないように話しているつもりだろうけど、結構声が大きい。

 多分聞こえているだろう。


「シム様、ヒスイ様、ウチカゲ。貴方たちは宿のほうに行きますか? 多分結構時間のかかる話し合いになると思いますので」


 そう提案してくれたのはデンだった。

 二人の会話が終わるまでこのままにしておくのは忍びなかったのだろう。

 デンは一度ライキのほうを見て許可を取ろうとする。

 ライキも何も言わずに軽く頷いていたので、同じ気持ちだったのだろう。


「デン様。私、まずお風呂に入りたいですわ」

「わかりました。ではまず風呂の支度から始めさせましょう、すぐにできるのでこちらへ来てください。ウチカゲも入るか?」

「少々嫌な予感がするので付いて行かせていただきます」

「ウチカゲ、ヒスイ、シム。旅の疲れをしっかりと取るのだぞ」


 ライキから最後にそう言われ、三人は軽く一礼をして白書院を後にする。

 渡り廊下を歩いてしばらくすると、一つの部屋に通された。

 そこには仕切りがあり、青い暖簾と赤い暖簾が垂れ下がっている。

 屋敷の中に温泉があるようだ。


 すごいな。

 湿気とかで木が痛みやすそうだが……。


「ではヒスイとシムはあちらへ。ウチカゲはこっちな」

「では母様、行きましょう!」

「ええ、そうね」


 姫様は俺を肩に担いだ状態で迷いなく赤い暖簾を通ろうとする。

 マジでちょっと待ってくれ。


「わわわっ。どうしたのですか応錬様」


 どうしたのじゃないわ!

 俺は男だ!

 そんな躊躇なく女風呂に入れるものかよ!

 とりあえず脱出してウチカゲのほうに行かなくては!


「どうしたのかしら……? 熱いお湯が苦手とかかしら?」


 奥方。

 あんたやっぱ姫様の母親だよ。

 ええーいはなせーーい!

 くそっ! なんて力してやがる!


「あのー姫様」

「何かしらウチカゲ」

「応錬様の名前をお聞きして思ったのですが……応錬様はオスなのでは?」


 姫様とシムにピキーンと一線の光が走る。

 二人は俺を見た後今度は見つめ合って何かを考えているようだった。

 ウチカゲ。

 マジでナイスだ。

 もし俺が人間になることができたら全力で礼を言うぞ。


「応錬様は蛇なのでオスだとかメスだとか関係ありませんわ!」


 おい。


「いや! でも応錬様嫌がっておられるではありませんか」

「私は応錬様と一緒にお風呂に入るのです!」


 おい!

 そこで我儘発動させてんじゃねぇよ!

 ここまで来たらそれもう技能だろ!

 自動発動型の技能だろ!


 ウチカゲー! 助けてくれー!

 奥方様は当てにならねぇ!


「母様行きましょう! 入ってしまえばこちらの勝ちです!」

「ええ!? いやでも……」


 あ! この野郎ついに強硬手段に出やがったな!

 おいデン!

 貴様何孫娘を見るような優しい目でこっちを見てやがる!

 お前後でぶん殴るぞ!

 あああああ手がないから抵抗できねぇ!


 姫様は走って赤い暖簾を通ろうとする。

 シムも呆気に取られているようだが、ウチカゲだけは冷静だった。


「仕方がない……『闇媒体』、『剛瞬脚』」


 ウチカゲは何かをしたようだったが、俺の体は呆気ないほど早く女湯へと連れ込まれていった。

 シムもそれを見届けると笑顔をこちらに返してから姫様の後を追って行った。

 ウチカゲも男湯のほうへとあるいて行く。

 まるで、もう諦めたかのように。

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