2.35.水で乾杯


 ガロットの国を遠くに見てから数時間。

 公道から離れてまた森の中を歩いていた。

 昼食をとるために一度休憩したが、その時は火は起こさなかった。

 昼の間に火を起こすと煙で居場所がばれてしまうからだ。


 昔の食事は一日二食だったそうだが、ここではそう言うことはないようだ。

 昔の生活と同じ食生活だから俺としても助かるな。

 で……火を使わない食事はとても質素なものだった。

 干飯と干し芋、そして水だ。

 昨日解体した魔獣がいるが、火を使うことができないのでそのまま放置されていた。

 俺は食べれたけど。


 姫様は勿論のこと、シムや他の鬼たちもお世辞にもおいしいと言えるような食事ではないようで、口に含んで水で流し込むように食事をとっていた。

 相当まずいんだろうな……。


 あ、勿論この昼食で俺のレベルはMAXになった。進化先はこのようになっている。


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―進化先―


―ウェイブスネーク―


―フォレススネーク―

===============

―フォレススネーク―


 森の中奥深くに生息している大蛇。

 とても臆病な性格で姿を現すことはほとんどない。

 だがその姿を目にした者は幸運になると言われている。

 貴族や王族などがこの蛇を飼おうとするのだが、無事捕獲できたとしても自然で暮らしていた時の美しさはなくなり、逆にその貴族達を不幸にする。

 見かけても絶対に手をだしてはいけない、幻の蛇であるとされている。

===============


 フォレススネークは種族進化のための蛇だろう。

 多分木に関する技能が手に入るのではないだろうか?


 本当ならすぐにでも進化したい。

 だけど……絶対にやめておいた方がいい。

 前にも思ったけど絶対に騒がしくなる。

 食事で手に入る経験値が無駄になってしまうが……ただでさえ楽して手に入れている経験値だしな。 施しを受けるのはこのくらいにしておこう。


 それからは何も起こらずにまた夜になった。

 ここまでくればもう襲撃の可能性は無いらしい。

 姫様はそう聞くとすぐに頭巾と羽織っていたマントを脱ぎ捨てた。

 やはり相当我慢していたようだ。

 だがそれでも風呂はないぞ。

 諦めてくれ姫様。


「流石に疲れました……」

「姫様にとってはとんでもなく長い旅路でしたからね。ですが明日の昼までには前鬼の里につくことができるでしょう」


 もうそんなところまで来ていたのか。

 良かったな姫様。

 もう少しの我慢だぞ。


「皆の者! 見張りの組み分けは昨日と同じだ。一番目と四番目、二番目と三番目の見張りを交代せよ。俺は三番目の見張りに入る」


 テンダは鬼たちに指示を飛ばしていく。

 不公平がないように順番を変えているのは良いことだ。

 一方に偏ってしまうと不満が出るのは目に見えているからな。


 でも自分は一番つらい見張りの時間帯を進んで志願する。

 だが誰も止める者はいない。

 なんでだろう?


 俺の知る中では、「リーダーはお休みください!」とか「俺が代わりにやります!」とかいう奴が出てきてもおかしくないと思ったのだが……。


 でもテンダが嫌われているはずないよな。

 民たちに頭を下げる若大将を不快に思う奴なんていないだろう。

 てことは……信頼されているのか?

 でもそれだと逆に休んでくれっていう人が出てきてもおかしくないけどな~。

 んーわからん。


「皆様~。お食事の準備が整いましたよー」


 一人で考えているうちに食事ができたようだ。

 俺も行こうかな。

 今晩は他の鬼のいる場所で食べるとしよう。

 俺も鬼たちの話を聞きたいからな。


 俺は鬼の皆がいる場所へと向かう。

 三つの焚火がありそこで各々好きなように席を取って食事をしているようだ。

 姫様とシムは全く別の場所にいるのだが、姫様は疲れてしまったようで食事もとらずに寝てしまったので、今夜は自由に動き回れる。

 シムは姫様の付き添いだ。


 どこに行こうかと悩んでいる時、テンダの姿が目に入った。

 若大将という立場でありながら、仲間たちと楽しく食事をしているようだ。

 こういう領主が平和を築いていければどんなに良いことか。

 よし、今日はあそこに入ってみようかな。


 近づいていくと会話が聞こえてきた。


「テンダ様、お酒がなくて申し訳ありませんねぇ」

「気にするんじゃない。こういう素面で皆と話すのもいいじゃないか」

「はっはー! 流石だぜ! 俺より若いのにいいこと言いやがるぜ!」

「貴方は少し酒を控えろ。顔は赤くならないが角は真っ赤じゃないか」

「こっ、これは生まれつきだよ! それに飲んでねぇ!!」

「はっはっはっは!」


 話を聞いていると上下関係がなさそうだ。

 こういう職場で俺も働きたい。

 上下関係……というより家族に近いかもしれないな。

 ただでさえ皆知人や本当の家族を失って辛いというのに、何故こうも明るいのだろう。

 不思議だな。


 っと、俺がしんみりしていたらいけないな。

 よっと。


 俺はテンダの肩に飛び乗る。

 テンダは飲んでいたお茶をこぼしてしまったようだが、それよりも俺がここに居ることに驚いていた。


「し、白蛇様!? 何故ここに!?」


 いやほら、姫様寝てるし。

 お前たちを労おうと思って。

 って思っても相手には伝わらないので、水で手の形を作って親指を立てておく。

 問題ないとな!


「こりゃたまげたな。白蛇様がテンダ様の肩に乗るとは」

「なんだその言い方は。まるで俺が不出来な鬼の様ではないか」

「違うので?」

「少なくともお前よりは不出来でないな」

「なんと!?」


 こいつら本当に酔っぱらってないんだよな?

 会話が酒の入った男共ではないか。

 でも皆楽しそうだ。

 テンダと赤角の鬼の冗談を腹の底から笑い合っている。

 とても戦いで友を、家族を失った者たちの様には思えない。


「おおーい皆! 白蛇様が来てくださったぞ! 皆もこっちに集まれぃ!」


 一人の男の号令で他の場所からも鬼がこちらの円の中に入ってきた。

 それにより先ほどよりも賑やかになったな。

 こうしてみると妖怪百鬼夜行の鬼の集団みたいだ。

 面白い。


「なんだなんだー? 俺達に内緒でどれだけ白蛇様と一緒にいたんだー?」

「馬鹿言え。白蛇様は来たばかりだ。お前たちも中に入れてやろうとすぐに呼んでやったのになんてこと言いやがる」

「おっと。そいつはご無礼~」

「感情が全く籠ってねぇな」

「いや~これが俺の全力?」

「ふむ。それくらいの余力があるのであれば二番目と三番目の見張りを続けてやってもらおうか」

「すいませんマジで本当にごめんなさいテンダ様許して!」


 ヘラヘラと若い鬼が調子に乗っていたが、テンダが一言告げただけで弱腰になっている。

 冗談だということは誰もがわかっているのでそれは笑い話になっている。

 もうここまで来たら大宴会だ。

 皆が一つの焚火を囲んで楽しそうに話し始めていた。


 俺も楽しくなってきた。

 口は利けないが、話を聞くことは十分にできるからな。

 此処の奴らの話を聞いているだけで面白い。

 良い鬼達だ。

 料理担当の鬼は昨日より多めに肉を切って焼いていた。

 肉は昨日と同じ物のようだ。

 今日も同じ獲物を狩ることができたようだな。

 勿論その肉は俺の所まで配られる。


 ふむ。

 俺ももらってばかりではよくないな。

 無限水操で水を作り出して皆の湯呑に注いでいこう。

 酒ではないのが残念だが……これくらいならいよな。


「おお!?」

「な、なんだこれは……」


 その水にほとんどの鬼が驚いている。

 だがテンダだけは俺が技能を使っていることがわかったらしく、皆にまた声をかける。


「皆の者! 湯呑を掲げよ!」


 お、それはありがたい。

 湯呑が人と近いと、ちょっと入れにくかったんだ。

 コップが掲げられてとても入れやすくなった。


 俺は水を操って全員の湯呑に水を注いでいく。

 一分も経たずに水をすべての湯呑に注ぐことができた。


「なぁ。誰か俺たちの中に水系の技能を使えるやつはいたか?」

「いや、俺の知る限りではいねぇぞ?」


 鬼たちはこれが何かまだわかっていないようだ。

 疑問が尽きない鬼達に、テンダが声を張り上げる。


「皆の者! 今注がれた神酒は白蛇様からの贈り物である。酒ではないがこれは俺たちの言う酒より甘美な神酒であるぞ! 有難く頂戴せよ!」


 やはりテンダは俺が作り出した水だとわかっていたようだな。

 ウチカゲもわかっていたようで顔に驚きの表情はない。

 他の鬼達は姫様が寝ていることを忘れているかのように騒ぎ始めてしまったが……まぁ今日くらいいだろう。

 大変な思いをしてここまで来ただろうしな。

 労ってやらなければ伝承として伝えられる白蛇の印象がなくなるかもしれないし。


「白蛇様。ご厚意感謝いたします」


 一言俺にそういうと、また皆の方に顔を向けて湯呑を天にかざした。

 しばらくじっとしていたが、それを見たほかの鬼たちも同じように湯呑を天にかざしていく。

 どうやらテンダはこれを待っていたらしい。

 全員が湯呑をかざしたことを確認すると、今度は声を張り上げずに一言だけ言い放つ。


「乾杯」


 言葉を放ったのはテンダだけだ。

 まずテンダが湯呑を飲み干す。

 それを見届けた後、他の鬼たちが一斉に湯呑を飲み干していく。

 これがここの鬼達の乾杯の作法なのだろう。

 全員が湯呑を飲み干した後、今度は湯呑をひっくり返す。

 その後、地を揺るがさんほどの大爆笑がその場を包んだ。


 なななな!? 何事!?


「ははははははははは!」

「はっはっはっはっは!」

「あはははははははは!」

「はっはっは! 若大将~! なかなかいい感じでしたよー!」

「はっはっは! 何を言う! お前たちもいい面構えだったぞ!」


 何が面白いのか全く分かんね~……。

 笑いのツボどうなってるんですか。


「ああ、白蛇様はわかりませんよね。これは俺たち鬼の乾杯の作法なのです。俺たちはまず乾杯をすることがありません。何故なら杯は絶対に乾かないからです。理由としては次から次へと酒を注いでいくからですね。俺たちが酔い潰れても酒はなくなりませんから。ですが祝いの席などでは先ほどのように杯を完全に飲み干して空にします。滅多にやらない事ですし、こんな気真面目な作法は俺達には似合わないのです。だからおかしくて笑ってしまったというところですね」


 杯を乾かさないってすごいな。

 何処からそんな酒が作られるのか……。

 日本にあった伝承通り酒虫の入った酒があったりするのかな。

 あるなら見てみたい。


 だがテンダの言った通り、鬼があんなに静かに酒を飲むなんて似合わないよな。

 もっと豪快に楽しく飲んでいてくれる方が鬼っぽい。


「さー皆の者! 楽しむのは良いが、見張り役はそろそろ寝ておけよ? 姫様と白蛇様の安全が第一だからな」

「わかっておりますよー!」

「はっはっは! ぶれないねぇ!」


 短い宴会だったが、それでも鬼たちは満足そうだ。

 料理担当の鬼が全員の食器や湯呑を回収していく。

 そして見張り役の一番目の鬼たちは持ち場に歩いて行った。


 あれだけ笑いあって熱が上がったというのに、鬼たちは寝るのが早かった。

 あの水にアルコールとか入ってないよな?

 大丈夫だよな?


 ……見張り役の鬼に労いの言葉をかけていこうと思ったが……これもういなくていいのでは?

 いや、決めたことはやっておこう。

 いろんな話を聞いておきたいしな。

 俺が行けば何か話してくれるかもしれない。

 よし、今日は俺も見張りをやりますか。

 

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