3.39.お披露目……


 試着室からアレナが出てきた。

 既に着替え終わっているようで、腰に携えている短刀を気にしながら歩いてくる。


 膝まである灰色のローブを羽織っていて、その中には軽装ではあるが、急所となる部分をしっかりと守るように硬いプレートが服の上から張られている。

 胸、腕、腿、脛にアレナに合うようにプレートが貼り付けられており、関節部分は丈夫な革で守られている。

 全体的に少し暗い色だとは思うのだが、何故その色をチョイスしたのかは、アレナの頭を見てやっとわかった。


 アレナの頭にはバラディムと同じ額当てのようなものが巻き付けられていた。

 後ろで結ばれた結び目からは余ったの布がバランスよく投げ出されている。

 形こそ全く違うが、性能はほぼ同じだ。

 そして灰色のローブ……アレナは完全にバラディムの姿を真似たのだろう。

 道理ですぐに装備が決まるはずだ。

 だが全体的に見るとやはり防御力が低そうな気がする。


 でもま子供なので重すぎる装備は無理だし、まだFランク冒険者なのでそこまで危険な場所まではいかないはずだ。

 なのでこれくらいでも問題ない。


「おお。かっこいいじゃないか」

「そ、そうかな?」

「ふふふ……アレナの故郷の兵士たちには必ず額当てをさせるとかしたら、統一感があってかっこいいかもしれませんねぇ」

「確かになぁ」


 アレナは見える範囲で自分の姿を見ようと頑張っていた。

 ローブを広げて後ろを見てみたり、腕のプレートを撫でてみたりと、少し恥ずかしそうにしながら笑っていた。

 リューズ曰く、これで金貨一枚程度の値段らしいのですぐに購入させてもらった。

 この装備で一番高いのは短剣で、これが金銭三枚らしい。

 装備で一番高いのは武器。

 魔鉱石を使っていない装備であれば割と安く購入することができるようだ。


 だがほとんどの場合、オーダーメイドで自分に合った装備を整えるのが普通であるため、普通であればこの三倍以上の値段がするらしい。

 若手冒険者は初めの防具を手に取るまで安全な仕事しかできないので、防具を購入するという事は冒険者にとっては大きな節目らしい。


 なんだろう。

 俺たち今、チュートリアル完全に吹っ飛ばしたよな。

 ごめんな、若手冒険者諸君。


 一方零漸の方はと言うと……。

 話し合いは既に終わり、ダズラは既に工房の中に籠りにいったらしい。

 零漸は今暇を持て余しており、目をキラッキラさせながら周囲に置いてる装備を見て回っている。

 だがオーダーメイドがほとんどだという事は……ここにある装備は全て見本のようなものなのだろう。

 アレナに丁度いい装備があったのは運がよかったな。


「零漸のはいつできるんだ?」

「明日ですね! なんで、前鬼の里に行く前に寄ることになりそうっす」

「そうか」


 それくらいであれば何の問題もないだろう。

 前鬼の里までは馬車でたった一日だ。

 ガロット王国の一番高い所に上ったら天守閣の頭くらいは見えるのではないだろうか?


 とりあえず二人の装備は明日までには完全に整う。

 俺は前鬼の里に帰るまで我慢。

 ウチカゲは……武器のメンテナンスだろうな。

 見たところ結構ボロボロだ。

 結構無理をさせてしまったかもしれないな……。


「よし! じゃあ今日は帰るか」

「はーい」

「わかりました。リューズさん。今日はありがとうございました」

「いいえ~。旦那のあんなに張り切っている所なんて久しぶりに見たわ。零漸君、また来てね」

「うっす!」


 武具屋を出てからも、アレナは嬉しそうにクルクル回りながらマントをはためかせていた。

 相当気に入ったのだろう。

 だがアレナはまだ小さい。

 年月が経つごとに体も大きくなっているだろうから、すぐに新しい装備が必要になるだろう。


 だが今度こそは自分達で稼いだ金を使って買い物をしたいな。

 まぁそれもサレッタナ王国に行ってからになるのだが……。

 ここはゆっくり考えていくことにしよう。


 ん? そういえば何か忘れているような……。


「あっ」

「? 兄貴、どうしたっすか?」

「……ギルドの掲示板見るのすっかり忘れてた……」


 参考程度にどんな物か見ようとしていたのだが……あの騒動ですっかり忘れてしまっていた。

 道中に採取できるような薬草とかあると思ったのだが……。

 まぁ仕方がない。

 また今度見ておくことにしよう。



 ◆



「みてみてー! サテラー! バラディムー!」

「わぁー! なにそれなにそれー!」

「ほぉ!」


 城に帰ってきてアレナは真っ先にサテラとバラディムのいる場所へと向かった。

 サテラはバラディムと一緒になにか書類を書いていたようで、右手にペンを持っている。

 だがアレナが帰ってくるとペンを投げ捨てて、アレナの方にすぐに向かった。

 アレナの来ている服を見てサテラは心底羨ましそうな表情をしていた。

 一方バラディムはと言うと、また感慨深そうな表情でアレナを見ている。

 嬉しいのだろうな。


 しかし俺はサテラを見た時、一瞬誰かわからなかった。

 サテラは今まで着ていた服を着ておらず、その代わりに着ていた物は、お姫様が着ているような豪華な服だ。

 赤を基調としている服でふりふりがスカートにつけられており、貴族の娘だといわれても不思議ではない格好をしていた。


 そこでようやく俺は、本当にサテラとアレナは貴族の娘なんだなと再確認した。

 だって今の今までお嬢様要素全くなかったんだもん。わかんないよ。

 アズバルのことも領主様ー、領主様ーくらいにしか聞いてなかったからなぁ。

 まぁどこぞの領主だってことは貴族って事なんだろうけどね……。


「サテラも綺麗な服着てるー!」

「バルト様からもらったんだよ!」

「前に着てたのよりかわいい……」

「へへー」


 アレナがここが良いというと、必ずサテラもアレナのここがいいと言い返す。

 暫くその問答は終わりそうにない。

 しかしお互いにいい所を褒め合っている姿は微笑ましいな。うん。

 バラディムは会話に入りたそうにしているけど、男が褒めれる部分は既にアレナとサテラが言ってしまっているため、何と言って中に入ればいいのかわからないようで、最後には諦めて静かに見ていた。悲しきかなバラディム。


「バラディム。お前とサテラはこれからどうするんだ?」

「はい。俺とサテラ様は明日にでもアズバル様が治めていた領地まで戻り、復興を始める予定です。幸い労働力はすでに確保しておりますし、奴隷狩りの襲撃を受けたといっても住むところくらいは残っていますから、食料さえ配給していただければ問題ないですね」

「明日か……早いな」

「サテラ様の御意向ですので」


 気が早いんだか、せっかちなんだか。

 まぁどっちにせよやることは同じだから好きにさせてみればいいか。

 サテラが復興に意欲的だということを知ってもらえれば、民たちの動きも変わってくるかもしれないしな。


 てか領地の建物って残ってたのか……。

 テンダたちからは火矢を放たれてほとんどが焼失したって言ってたから無い物だと思っていた。

 いや、ここは文化の違いか。

 鬼たちは木材を使った建築物を好む。

 一方ガロット王国の建物は石材も混じっているので耐火性はこっちの方が強い。


 こういう所を共有すればいいのにな。

 でもこれからガロット王国と前鬼の里は仲良くやっていくみたいだし、文化交流の機会もそう遠くないうちに来るだろう。


 しかしだ。家は問題ないとはいえ、作物だけはどうにもならない。

 一度焼かれてしまえば、もう一度育て直すのは相当時間がかかる。

 暫くはガロット王国からの支援してもらわなければならないだろう。

 でも問題はそのくらいらしい。

 人手もあれば復興に必要な資金もある。

 再建に必要な素材や食料の調達などでしばらくは行商人が行きかいをしそうだ。


 まぁその分賑やかになれば移民も増えたりするだろう。

 俺もどんなところか行ったことはないのでわからないが、復興の目処がついたら是非ともお邪魔したい。


「ま、頑張ってくれ」

「はい。応錬様もアレナ様のことをお願いいたします」

「大丈夫だ。こっちには肉壁がいる」

「……ん!?」


 親指でズビシと零漸を指したが、本当のことなので何の問題もない。

 本人はそんなつもりはないようだが、実際にそれほどの技量を持っているので否定はさせません。

 いつでも俺らの前に立つ壁であれよ、零漸。


 皆でワイワイと話をしていると、一人のメイドが部屋に入ってきた。

 何でも食事の用意ができたので食べに来てほしいとのことだ。

 アレナとサテラはこれでまた離れ離れになってしまうが、それでも自らが選んだ道を歩んで行くのだ。

 寂しくなんてないだろう。


 俺たちが食堂に行くとやっぱりバルトが待っていた。

 夜なのでワインらしきボトルと、紫色の液体が注がれたグラスが前に置かれている。

 全員が座るや否やすぐに料理が運ばれてきた。

 どれもこれも豪華なもので食べ辛くはあったのだが、バルトが礼儀作法はこの際気にしなくていいと言ってくれたので各々好きなように食べることができた。


 俺と零漸は貴族の礼儀作法なんてさっぱりだ。

 こういう配慮は素直に嬉しい。

 まぁ普通なら王族にこんなこと言われても最低限の配慮はするのだろうけどな!


 因みにワインは不味かった。うん。

 だが零漸の口にはあったようで、がばがばと体の中にワインを注いでいた。

 大丈夫なのかと思ったが、三本開けてもケロッとしていたので逆にこっちが心配になった。

 ワインって水みたいに飲むものじゃなかったよな?

 まぁ……楽しそうだからいいか。


 そしてウチカゲは酒に弱かった! 鬼なのに! もう一度言う! 鬼なのに!

 いや、酒と言うかワインに弱かったというべきか……?

 日本人と外人では味覚の感覚が違うらしいからな。

 そういうこともあるのかもしれない。

 ウチカゲは酔ったのが初めてらしく、どうしてこんなにもくらくらするのかわからないようだった。

 ただ酔っているだけだが、なんとなく面白かったので理由は教えてやらないことにする。


 アレナとサテラは未成年なのでお酒は飲めないが、流石元貴族……。

 いや、今も貴族か。

 完璧な作法で食事をとっている。

 うん、今度教えてもらおうかな。


 バラディムは食事をとらない。

 あくまでも護衛だからと、サテラの後ろに立って微笑ましく食事の様子を見ているだけだった。

 相変わらずフードは取っていないが……。

 そういえばバラディムの額当て。結び目から伸ばしている余った布がたなびいているのは何故なのだろうか。

 技能に関する事なので聞きにくいというのはあるのだが……。

 やっぱり気になるなぁ。

 でもまぁいいか。


 食事の時間はあっという間に終わってしまった。

 楽しい時間という物はすぐに終わってしまうというが、あれは本当だ。

 もう少し楽しみたかったが、時間も時間だ。俺達は明日にでもガロット王国を発つので羽目を外すのはやめておいた方がいい。


 アレナとサテラは一緒の部屋で寝るようだ。

 俺たちは個別に部屋が割り当てられているので、その部屋に入って眠りについた。

 眠ればすぐに朝が来る。

 と、俺は思っていた。


 気が付くと俺は真っ黒な空間にいた。

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