3.38.武器屋


 ガラの悪い奴らに囲まれて、何故か喧嘩へと発展してしまったが何とか撃退。

 まさかアレナがあんな能力を持っているとは思ってもみなかった。


 床下から引きずり出された大男はとりあえず無傷らしい。

 もっとも零漸がのしたあの四人は医療院送りになったそうだ。

 馬鹿野郎やりすぎだ……。


 でもこっちは素手だったしね。

 まぁそれくらいしないとこっちがケガしちゃいますとか言いながら零漸は衛兵たちをあしらっていた。

 何だろう、この警察になれている感。

 お前、前世で何してたんだ。

 衛兵たちも「それもそうか」と言いながら四人を連れて行ってしまった。


 まぁひと騒動あったがこちらは無傷だったので良しとしよう。

 その後ロズにしこたま怒られたのはこの際割愛させていただく。


「アレナ! あれどんな技能なんだ!?」

「へへ~あれはね、物を重くさせることが出来る技能なんだよ!」

「おおぉ! じゃあ重力って事か!」

「じゅうりょく?」

「ああ、重力っていうのは……」


 説明しようとして零漸は固まった。

 汗をだらだら流しながら俺の方をゆっくりとみてくる。

 ああ、わからないんだな。

 慣れないことするからこういった馬鹿晒すんだよ……。

 まぁ助け舟くらい出しておいてやるか。


「重力ってのは、惑星上の物体を惑星の中心に引き寄せようとする力……まぁ厳密にいえば万有引力とこの惑星の自転による……うん。アレナには難しいな」

「……ってことっす!」

「わかんない」


 零漸、お前もわかって無いだろ。

 顔面にそうやって書いてあるぞ。

 てか額に書いてやろうか。


 しかし子供に重力の説明をするのはいささか難しい。

 実際なんとなくわかっている物ではあったが、説明を要求されると答えにくい物がある。

 答えはあるが、理解されない。

 そう言ったほうが正しいかもしれないな。


 だがアレナは重力を使う技能を持っている。

 なんとなくでもいいから理解してもらいたい。

 そういえばアレナは使う前から技能の使い方を知っていた。

 という事は俺達みたいに技能の概要は知ることができるのだろうか?

 まぁウチカゲのステータスも聞いた事があるし、アレナがステータスを見れても不思議ではない。


 後で人気のない場所に行って技能の確認を行ったほうがいいかもしれないな。

 誰がどんな技能を使えるのかと言うのは把握しておいた方がいいだろう。


 さて、俺たちは現在冒険者ギルドを離れて街を歩いている最中だ。

 今何処に向かっているかと言うと……武具屋である。

 俺とウチカゲには武器は必要ないのだが、アレナと石頭にはとりあえず必要だ。

 アレナの技能は足止めに使える技能。

 勿論そのまま敵を倒すことも可能かもしれないが、武器を持っていなければ万が一の時に対処できない。

 それに防具も買っておきたかった。

 勿論身を守るための装備としてだ。


 零漸もそれに大げさに同意してくれた。

 なんでも防具はやはり着てみたいとのこと。

 必要はないと思うが前にも言った通り、零漸は見た目から入りたいとのことだったので、仕方なく買ってやることにした。


 俺はどうするのかと言うと、前鬼の里まで我慢だ。

 俺は和服……和装のほうがいいのだ。

 装備は軽装になってしまうかもしれないが、足と手だけあれば問題はないだろう。

 防御系技能と攻撃系技能が俺を助けてくれるからな。

 ここは自分の技能を信じたい。

 勿論出来る事なら胴体にも装備は欲しい所ではあるが……そこまで欲すると装備的にダサくなりそうなので、見てから考えることにする。


 ウチカゲを見て見ろ。

 紫色の鎧を着こなしている。

 ダサくはないし、むしろかっこいい。

 だがこれに和服を取り入れるとどうなる。

 ダサい。うん。許されるのは陣羽織までだ。


 まぁ自分のことを考えるのは後だ。

 サレッタナ王国でもガロット王国に帰ってきても服すら買ってやる時間がなかったので、ここでは存分に好きなものを買ってやることにする。

 本当ならばサテラも誘いたかったのだが……既に復興作業は始まっているらしく、その政務のため同行はできなかった。

 サテラにはまだ早い仕事だと思うのだが、今からでも見ておいて理解できるようになった時、力を発揮できるようにさせるのだとか。

 バラディムの考えていることはよくわからんが、まぁうまくやってくれるだろう。


 サテラもやる気満々だった。

 あの二人なら無事に故郷を復興させることができるだろう。

 で、復興してAランク冒険者になったアレナが帰ってきて、故郷を守る……。

 うん、いいじゃないか。これからに期待だな。


「応錬様。此処ですよ」

「おおー……」


 武具屋に辿り着いたようだ。

 外見は盾を剣をクロスさせたような看板がぶら下がっており、一目でここが武具屋だという事がわかる。

 手前は木造だが、奥に行くにつれてレンガと石がふんだんに使われているような構造になっている。

 恐らく奥の方に工房があるのだろう。

 その証拠にカンカンと鉄を打つ音が聞こえてくる。


 扉を開けると鈴がカランカランと鳴って客が来たと知らせてくれた。

 それに反応するようにカウンターで頬杖をついてうとうとしていた細身の女性が、パチッと目を覚まして佇まいを正した。


「いらっしゃい。あーいあんたー! お客さんだよー!」


 女性は俺達に挨拶をした後、工房のほうに大きな声で旦那を呼んだ。

 すると鉄を打つ音が止まった。その代わり奥でガチャガチャと言う音が聞こえてくる。


「旦那はもうちょいしたら来るからね」

「わかりました。それにしても久しぶりですね」

「あら? ……ああ! ウチカゲちゃん! 懐かしいわねー元気だった?」

「ええ。ごたごたしてまして顔を出すのが遅れましたけどね。旦那様はお元気ですか?」

「元気じゃなきゃ鉄を打ってはいないわね~」

「ああ、それもそうですね」


 ウチカゲはこの人と知り合いらしい。

 暫く俺達は蚊帳の外だったが、ウチカゲがそれに気が付いてやっと本題に入ってくれた。


「今日はこの子と……この方の装備を見繕っていただきたいのです」

「この子もかい? へー可愛らしいねぇ。お名前は?」

「アレナ」

「かわいいらしい名前だね~。あたしは──」


 女性が自分の名前を言おうとしたとき、後ろの扉が勢いよく開かれた。

 そこからは筋骨隆々……とまではいかないが、それなりにガタイの良い男性が出てきた。

 上半身は裸で、職人が着るようなだぼだぼなズボンを履いており、肩からはタオルをぶら下げて汗を拭きながら歩いてくる。


「いらっしゃぁい!」


 声がでかい。

 鉄を打ち続けて耳が遠くなったのだろうか。

 しかしそれにしては若い……。

 男性は強きともいえる足取りで俺たちの前にズンっと出てきた。


「お前たちは初めての客だな! 俺の所に来るとは見るところがちげぇと見た!」


 俺たちはウチカゲに言われてここに来ただけなのだが……なんだか機嫌がよさそうだし、そのことは黙っておくことにしよう。


「ああ、ええ。そりゃどうも」

「お前たちの名前を聞こう! 俺はダズラだ!」

「ああ、こりゃご丁寧にどうも。俺は応錬」

「零漸!」

「アレナ」


 ウチカゲ以外が自己紹介を済ませると、ダズラはうんうんと頷いて満足そうにしていた。

 どこに行っても職人って人は良くわからない人が多い気がする。

 いや、どちらかと言うと我が強いといったほうがいいだろうか。

 悪いことではないからいいんだけどな。


 てかせっかくウチカゲが本題に持って行ってくれたのに、話が途切れてしまった。

 まぁ急ぐようでもないから別にいいのだが……横の石頭がそわそわして気が悪い。

 できれば早く見せて回らせたい。


「あんた。ちょっと静かにしなよ。今日はアレナちゃんと……零漸君だっけ? この二人の武器と防具を見繕ってほしいって話なんだから」

「おお、流石リューズ! もうそこまで話を通していたのか!」

「あたしはあんたみたいに脳筋じゃないの」


 どうやらこの女性はリューズと言うらしい。

 リューズはやれやれと言った感じで、アレナの体を触り始めた。

 恐らく採寸的なことをしているのだろうが、アレナはすごくくすぐったそうだ。


 それを尻目にダズラは俺たちに声をかける。


「お前ら武器は何を使うんだ?」

「俺は拳!」

「俺は水だ。だから武器はいらん。ウチカゲも武器は持っているから……今日はこの零漸と、アレナの武具選びだ。因みにアレナは魔法を得意とする。だが武器も持たせておきたくてな。できるだけいいのをお願いしたいのだが」

「お! それはいい心がけだ!」


 ダズラはさらに機嫌がよくなった。

 しきりに大きく頷いて楽しそうにしている。

 だが零漸を見ながら手を顎に当ててしばらく考え込んでいた。


「……拳かぁ……んー」

「え、なんか駄目なんすか?」

「ああ、いや。駄目ってわけじゃねぇんだが……拳につける武器なんて作ったことがなくてな。そもそも冒険者になろうって奴で拳一つで戦う奴なんてまずいねぇ。お前が初めてなんじゃねぇか?」


 そういえば冒険者ギルドで笑われた理由の大半が拳で戦うと言った零漸に向けられたものだった。

 その強さを知っている俺からすればあまり気分の良いものではなかったが、零漸が冒険者をのめして自分の強さを証明した。

 まぁそこまでは良いだろう。


 問題は拳にあう武器か……。

 確かに零漸の戦闘スタイル的に、拳に何かを付けると邪魔になりそうな気がする。

 手を軸にして回転したり前転したりと動き回るからな。


 どうしようか考えていると、零漸が口をはさんだ。


「あのー……俺、武器はいらないっす。解体用の小型ナイフくらいで十分ですよ」

「はぁ……? そんなんでどうやって魔物と戦うんだよ」

「いやだから……拳で」


 まぁ言っても信じてもらえないという事は予想していた。

 だがそれほど武器に頼っている冒険者が多いのだろうか。

 まぁそのおかげで繁盛しているのかもしれないけどな。


「その代わりかっこいい防具が欲しいっす!」

「まぁ拳ってなると超近距離戦だしな。わかった。お前の拳がどれくらいなものか知らねぇけどとりあえずその言葉を信じようじゃねぇか。だが動きやすいほうがいいよな?」

「そうっすね。あんまり重いと力加減間違えそうですし……。なんでかっこよくて軽い防具をお願いします!」

「よし、じゃあ一つだけ聞くぜ……?」

「!? な、なにをっすか?」


 その途端ダズラの目に力が籠った。

 そのまなざしは零漸を試しているかのようにも見える。

 その圧は凄まじい物で、直接見られていない俺でも少し気おされてしまいそうだった。

 それを直に受けている零漸は相当な圧を受けているはずだ。

 たまらず零漸は一歩後ろに足を運んだ。


 ダズラは腕を組み、腰を曲げて顔を零漸に近づけて、口を開いた。

 零漸はキュッと体を縮めた。


「見た目と性能! どっちを取る!」

「!? 見た目っす!」


 とっさのことで身を守るように腕を体に張り付かせたまま、零漸は即答した。

 見た目、と。

 相変わらずぶれねぇなこいつ。逆に尊敬するぜ。


「よっしゃ任せろ! 革装備だがいいの見繕ってやる!」

「鉄は!?」

「魔鉱石で作った魔導鎧なら軽量化出来るがそんな高価なもの俺は持ち合わせてねぇ! だから稼いで材料持ってこい! それまでは革装備だ!」

「うっす!」

「色は何がいい!?」

「黒で!」

「マントはいるか!?」

「付けれるんすか!?」

「俺に全て任せろ!」

「じゃあお願いします! それとかっこいい装飾とか付けれますか!?」

「ふっふっふ……俺を誰だと思っている! そんなものおちゃのこさいさいのさいだ!」

「親父! 流石っす!」


 それから暫く零漸とダズラの親父で、どんな装備にするかを話し合っていた。

 色々ぶち込みすぎてとんでもない装備になりそうな気がしないでもないが……まぁ大丈夫だろ。

 俺はこそっとその場から離れてウチカゲと合流する。

 ウチカゲはアレナの装備を決めていたようで、既に金を払った後だったようだ。

 アレナは今は試着しているのだとか。


 あの二人が大声で叫びあっている時にはもう決め終わっていたらしい。

 早いことだ。

 話の流れ的に零漸は特注になりそうだな。

 まぁダズラもノリノリだし、せっかくだからやってもらおう。


「アレナの武器は何にしたんだ?」

「武器は短剣です。ですが家に帰った時に小太刀をやろうと思ってます」

「西洋鎧に和風武器か……和洋。うん。悪くないかもな」

「わよう……なんですかそれ」

「気にすんな」


 ウチカゲは腑に落ちないように眉をひそめていたが、説明するのが面倒くさい。

 しかし短剣か。

 アレナの身長的にはまだそれくらいが丁度いいのかもしれないな。

 慣れるまでは小さい武器。

 体もすぐに大きくなるだろうし、その時にでもいい武器を拵えてやるのがいいだろう。


 そんなことを考えていると、試着室からアレナが出てきた。

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