3.37.拳で!


 冒険者ギルドの受付の空間が大きな笑いに包まれている。

 ロズに認められるような冒険者だという事で一部始終を静かに見ていた冒険者たちは、零漸やアレナを指さしながら腹を抱えて笑っていた。

 その笑っている人物の大半は柄の悪そうな奴らばかりだ。

 俺としては何故笑われているのか全く理解できない。

 それは零漸とアレナも同じようで、首を傾げている。


「……なんなんだ?」


 なんで笑われているのか全く理解できない。

 こちらから大きな笑いが起こったため、遠くにいた人達も何事かと集まってきている。

 あまり目立ちたくはなかったのだが……。


 暫く笑っていた奴らは次第に落ち着いていった。

 だが笑いの渦は未だに収まる気配はない。

 落ち着き始めた冒険者は特に零漸を指さして笑い、そしてようやく何故笑っているのかを口にした。


「拳で……拳で魔物が倒せるわけないだろ! はっはっは!」

「ああ全くだぜ! それのあの子供! 女の子じゃねぇか! 魔法っつったって足引っ張るだけのお荷物なんじゃねぇのかぁ?」


 ああ……。なるほど。

 つまり俺たちを馬鹿にしている訳だ。

 周囲を見渡してみれば確かに武器を持っていない冒険者はいない。

 魔物は道具を使って倒すということが定石になっているのだろう。


 そうなると水を操るっていう俺は何故笑われないのだろう。

 技能があるからだろうか……。

 基準がわからん。


 冒険者の発言を聞けば俺達を馬鹿にしているという事は零漸にもわかったらしい。

 まぁ言葉の矛先は零漸とアレナに集中している。

 零漸はすぐに前に出て抗議した。


「何だ何だ! 何が悪いっていうんだ! これまでも俺は素手で魔物を倒してきたんだぞ!」

「はははは! 信じられっかよそんなこと!」

「そうだそうだ!」


 冒険者達はまるで話を聞かない。

 だが零漸の技能は強い。

 確かに信じられないかもしれないけどこいつは素手ですべてを破壊するような力を持っている。

 それに硬い。

 その辺の魔物なら零漸にかすり傷を負わせることもできないだろう。


 しかし……ちょっとまずいぞ。

 零漸は普通に怒っている。

 このまま喧嘩になりそうな勢いだ。

 今すぐにでも決闘が始まってしまうかもしれない。

 いや別にそれはいいや。問題なのはそうなってしまった場合のことだ。

 冒険者同士の喧嘩って……一体どのように対処するのだろうか。


「ロズ」

「はいはい?」

「冒険者同士の喧嘩ってなんか罪に問われたりするか?」

「殺さなければ問題ないよ。喧嘩なんて普通に起きてるからねぇ」

「よし、零漸やっちゃえ。拳で!」

「拳で! いいっすか! わっかりました!」


 すると零漸が前に出た。

 周辺にいた人達はすぐに下がり、自然と決闘の場が設けられる。

 零漸は拳を合わせてパチン! と音を鳴らす。


「ふふん! 対人戦は久しぶりだけど……相手の武器を笑う奴なんて俺の敵じゃないっす!」


 零漸はやる気満々だ。

 冒険者達も先ほどの零漸の言葉を聞いて怒鳴っている奴らもいる。

 そしてなぜだか賭けも行われ始めた。

 まぁこの辺は好きにさせておけばいいだろう。


 すると先ほど零漸を指さして笑っていた人物が前に出てきた。

 安っぽい装備ではあるが腰に携えている剣だけは立派だ。

 その剣をすらっと抜いて零漸の前に立つ。


「お、お前が先手か。あ、別に名乗らなくていいっすよ。弱い相手の名前は覚える気ないんで」


 男の額に青筋が走る。

 男は何も喋らずに静かに構えを取った。

 対する零漸は棒立ちだ。

 構えも何もない。

 そもそもあんな剣など零漸に傷をつけることすらできないと思うのだが……。


 だが対人戦か。

 ちょっと面白そうだ。

 ここは零漸を応援してみるとしよう。


 すると男が床を蹴って一直線に零漸に突撃した。

 下段からの切り上げ。あまりいい踏み込みだとは思えなかったが、それでも剣の重さもあって威力は十分にありそうだった。

 零漸はそれを避けることもなくただただ受けた。

 防御も何もしていない。


 斬り上げられた剣は零漸の右腹から入り左肩に抜けていった。

 ギィイン! と重い音が響く。

 しかしなぜ響いたのかと疑問に思う者、そして斬ったと確信している者と様々だったが、零漸はそのままの状態で涼しそうな顔をしていた。

 斬れたのは服だけだ。


「な、なん!?」

「よーし……次は俺の番だな!」


 零漸は一瞬で地身尚拳の構えを取った。

 上を前に出して体勢を低くした構えだ。

 床を蹴ってすぐに相手の懐に潜り込む。

 体に拳を打ち込むんだがそれを寸止め、相手は動きに惑わされてそっさに剣を防御にあてるが攻撃による衝撃はこない。

 フェイントが成功したところを見た零漸はすぐに低姿勢になって腕を軸にして足掛けを行い、相手の体勢を大きく崩す。

 男はそのまま横っ腹を打ち付けるように倒された。


 だが零漸の追撃は終わらない。

 回転した勢いそのまま生かし、半回転したところで一気に体をひねり上げて相手にかかと落としを打ち込んだ。


「ごっは!」


 横腹を蹴られた男は肺の中にある空気を全て吐き出す。

 そしてすぐに気を失ってしまった。

 一撃で沈んでしまったのだ。


 零漸はバック宙をして綺麗に着地。

 両手を腰に当てて大きく息を吐いた。


「ふー……。手ごたえないっすね」


 すると観客の中から三人の男が零漸向かって突っ込んできた。

 先ほどまで零漸を指さして笑っていた奴らだ。

 全員が各々の武器を持って零漸に襲い掛かる。

 一人は剣。

 一人は棍棒。

 最後の一人は槌を持っている。


 零漸は反応できる距離にいたにもかかわらずなにもしなかった。

 なので三人の攻撃がもろに入る。

 剣は胸にむかって突きを。

 棍棒は足を狙って下段に降り下ろす。

 槌は渾身の一撃を振るうかのように頭を狙う。


 キン!

 コン!

 ガァアアアン!


 三つの音が同時に鳴り響いた。

 だが普通こんな音はならない。

 音が鳴るという事は……零漸が健在だという事だ。


「その意気やよし! でも次俺の番な!」


 そう言って目の前にいた剣を突き立ててきた人物に向かって、攻撃を連続で五回ぶち込んだ。

 顔面を殴って顔をのけぞらせ、腹を殴って今度は顔をこちらに戻させる。

 顔が戻ってくる前に回転して肘を相手のこめかみに叩きこみ、体が横にのけぞるのでそれを蹴り上げてまた自分の前に戻した後、回転蹴りにて相手を吹き飛ばした。


 その間にも棍棒を持った男と槌を持った男は零漸に攻撃を仕掛けていたが、全く効いている様子はなかった。

 言ってしまえば常時スーパーアーマー。

 攻撃が止まることがないのだ。

 そして回転蹴りをしたときに、ついでと言わんばかりに棍棒を持っていた男も吹き飛ばす。


 回転蹴りをした後は地面に転がって一度槌を回避した後、腕を足のように、足を腕のように使って槌を持っている男に攻撃を仕掛けた。

 槌を持った男は零漸の蹴りを腹と眉間に撃ち込まれて昏倒した。

 最後に蹴り込んだ勢いを利用して零漸は宙を飛び、倒れているがまだ意識のある棍棒を持っていた男に膝を落とした。


 零漸は全員が気絶したのを確認すると、すっと立ち上がった。


「終わりでいいかな?」


 零漸のその言葉に誰もが賛同したのだろう。

 誰も何も言わなかった。先ほどまでの騒がしさが嘘のようで、今ならこの空間でも虫の子が聞こえそうだ。

 零漸は嬉しそうにこちらに戻ってきた。


「流石だな」

「あんなのには負けないっすよ~!」

「零漸すごい!」

「はっはっは!」

「わたしもやる!」

「はっはっ何ですって?」


 零漸は笑うのを瞬時に止めてアレナの言った言葉に驚いた。

 正直俺も驚いている。

 アレナは今武器を持っていない。

 なのにどうやって戦うつもりなのだろうか。

 確かに武器を聞かれた時は魔法と答えていたが、アレナが魔法を使っているところは今まで見たことがない。


 アレナはずんずんと前に進んでいった。

 いやちょっと待て!


「アレナ!? 無理するなよ!? お前……だって」

「大丈夫! 私も馬鹿にされたままはいやだもん」


 すごい自信だ。

 だが本当に大丈夫なのだろうか……そんな不安が胸に残る。

 確かに馬鹿にされた事には腹が立つだろう。

 アレナはそれ相応の覚悟を持ってここに来たんだ。

 俺もそれはわかっている。

 だが今のアレナがこの辺にいる冒険者に勝てるかと聞かれると……不安しか無い。

 万が一のため水を用意しておこう。

 俺の判断で助けに入る。


 周囲は気を取り直したかのようにまた騒ぎ始めた。

 今度は子供かと、まだやはり馬鹿にされているようだ。

 だがアレナはそんな声を気にすることなくずんずんと前に進んでいく。

 大した根性だ。


 アレナが中心に立つと、図体のでかい男が歩いてきた。

 なんでよりによってこんな奴が相手になるのだろうか……。

 恥を知れ! 大人げない!


「ふん。ガキは家に帰って友達と遊んでいた方がいいに決まってんだ。こんなところに来るもんじゃねぇ」

「……」


 そう言いながら大男は歩いてくる。

 大きな盾を持っているので前衛職だと思っていいだろう。

 防具も重そうだし何より盾には刃が付いている。

 守りながら攻撃のできる物にしているのだろう。


 対するアレナは両手を男にかざしてじっとしていた。

 何も発動する気配がない。

 俺は水をゆっくりと近づけて水盾の準備をした。


「……『重加重』」


 男がアレナまであと三歩といったところでやっとアレナが技能を口にした。

 すると大男が膝をついて盾からも手を離した。


「!!? なん……ぐぬぐぅううううう!」


 何故かわからないが立てないらしい。

 大男は腕をついた。

 必死体を起こそうと必死になっているがどうもうまくいかないようで、ついにはうつ伏せの状態にまでなってしまった。

 男は非常に辛そうだ。


「ぐぉおおお! 重……! おい小娘! やめてくれ降参だ!」

「あ……あっえー。うん」

「!!? ぐううううう……! おい!!」


 アレナはどうすればいいのかわからないようにパタパタと動き回っている。

 もしかしたらアレナもここまでするつもりはなかったのだろう。

 でもなんで止めてやらないんだ?

 ……あれ? アレナもしかして……。


「ご、ごめんなさい、おじちゃん。止め方……わからない」

「なんだっ……ぐううぅうぉおおおおお!?」


 ついに床に罅が入り始めた。

 その日々はどんどん大きくなっていき……ついに床が抜けた。

 大きなものが地面に落ちる音と、床が悲鳴を上げながら壊れる音だけが響く。

 それからシンっとなってまた一人、また一人とギルドから冒険者達が出ていった。


「アレナ」


 アレナはびくっとして俺の方を見た。

 怯えているようだ。

 まぁここまでするつもりは本当になかったのだろう。

 でも、言っておかなければならないことがある。


「やるじゃねぇか」


 アレナがどんな気持ちでここに来たのか知っているのはほんの一握りだ。

 アレナは馬鹿にされたことでその気持ちを踏みにじられたとでも思ったのだろう。

 だから馬鹿にされないように自分の力を無理にでも示しておこうとしたのだ。

 あんな技能があるとは知らなかったが、おそらく使ったのは今が初めてだろう。


 使い勝手の分からなかった技能だ。

 失敗もある。

 俺もあったしな。

 だからここではアレナを責めるのではなく、逆に自分の力を示せたことを褒めてやるべきだと思った。


 アレナはヘラっと笑って俺たちに向けてピースした。

 零漸はすぐに駆け寄ってアレナを持ち上げた。

 「アレナすごいじゃないかー!」といいながらアレナを高い高いしている。

 アレナも褒められてとても嬉しそうだ。


「あんた達……」

「……ロズさん。修理費です」


 ウチカゲは俺達の知らないところでこっそりとアスレからもらっていた金で事を治めてくれていた。

 マジでナイスだ。

 ありがとうな。ウチカゲ。

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