2.31.接敵


 相手が何処に居るか分からない以上、こちらから下手に動くのはよろしくない。

 俺はとりあえず操り霞を使用して敵の位置を探ることにした。


 扇状に展開している鬼たちをまず確認し、そこから更に捜索範囲を広げていく。

 それなりに深い森の奥なので敵も居ないと思っていたのだがな……。


 操り霞を動かしていると、やっと敵の位置を掴むことが出来た。

 どうやら俺たちの居る所からは離れているらしく、このままであればまず見つかる心配はなさそうだ。


 数は二十人ちょっと。

 戦力としてはこちらが上回っているが、出来るだけ被害は出したく無いのだろう。

 だから潜伏してやり過ごそうとしている訳だしな。


 敵の場所を把握したのは良かったが……如何せんシルエットしか分からないので姿はよく分かっていない。

 どんな敵かを確認するため、俺は泥人を使って分身を作り出した。

 蛇なので見つかっても怪しまれることはないだろう。

 色も土色だし、暗殺者も発動させて動かすから見つかる可能性もほとんど無いはずだ。


 目を閉じて視界を共有する。

 ばっちり見えるし体もちゃんと動かしたいように動かせるようなので問題はなさそうだ。

 泥人を動かして先ほど見つけた敵の位置まで進んでいくことにする。


 できるだけ音をたてないように草むらに注意する。

 少し音を立てただけでも、音を頼りに敵の視線はこちらを側に向いてしまう。

 そうなれば見つかる可能性が高くなる。

 勝手な行動をしている以上、下手なことだけはしたくはない。


 慎重に近づいていき操り霞で発見した敵の場所まで来てみると、まだ敵はその場に留まっている様だった。

 そこには三人の武装をした人物がいて、周囲を警戒しているようだった。

 全員がロングソードを携えており、軽く動きやすそうな革装備を着ている。

 見た目的にはとても非力に見えるが、武器を持っているのだからどんな敵でも侮ることはしない方がいいだろう。


 服装からしてみても俺を捕まえた奴隷商ではなさそうだ。

 本当に奴隷商かどうかも気になるところだが……それらしいものは持っていないのでわからない。

 馬車があれば多少は分かったかもしれないが、此処は森の奥なのだから持ってこれるはずもない。

 だがなんとかこいつらの身元を把握しておきたい。

 何か目印になるようなものはないだろうか?


「おい。いつまでこうしていればいいんだ?」

「あと少しで移動するってさ」

「てか何してんの俺たち。ただの見張りかい? ていうか地図作りだけなのにこんなに護衛がいるのかよ……わかんねー」

「確かにな~。これなら魔獣狩ってた方が楽しいし儲けもいいよな」

「だな。ギルドのクエストで簡単そうでそれなりにいい報酬の依頼だったから受けたけど……やっぱり魔獣討伐に比べると賃金ひっくいよなー」

「もう護衛依頼なんて受けるなんてやめようぜ? 拘束されて時間も無くなるし、何にもないなら退屈なだけだ」

「「賛成だ」」

「お前ら! 喋っていないで周囲をちゃんと警戒しろ!」

「は~い」


 三人で何やら話していたのだが、近くにいた他の人に怒られて静かになった。

 もう少し話をしてくれればいい情報が手に入ったかもしれなかったのだが……仕方がない、諦めよう。

 だがそれらしい情報は手に入れることができた。

 こいつらがこの依頼に不満を持ってくれていて助かった。


 だが地図作りか……。

 こんな山の奥まで入って地図を作るとは……随分熱心なことだ。

 護衛が多いのも多分地図を作る人の戦闘能力が乏しいからだろう。

 なんの戦闘力も持たない一般市民が、魔獣の出るとされる森の中で地図を書くなんて狂気の沙汰としか思えないしな。

 自分の安全性を確保したいがための策なのだろう。

 不満は持たれているようだが……。


 うん。こいつらは脅威にはなりそうにないな。

 だが出会ってしまえば確実に戦闘にはなってしまうだろう。

 一人が騒げば統率の取れていない冒険者たちはその声のほうに向かってくるだろうしな。


「おーい。移動するぞー!」


 遠くから小さく声が聞こえた。

 あの場所にいる人たちが地図を作っている人達なのだろう。

 随分冒険者たちを散開させているな。

 ま、こいつらも移動するみたいだし、俺がこれ以上ここに居る意味はないな。


 泥人を解除してただの泥に変形させる。

 痕跡は一切残らないのでとても便利な技能だと使ってみて思った。

 これならサテラを探す時も役に立つだろう。


 そういえばこの状態で攻撃技能を使ったことはないな。

 また今度試しておくか……。


 目を開けて周囲を確認してみると、まだ鬼たちは隠れているようだった。

 誰もが息を潜めている。

 まだ相手も動き始めたばかりなので離れるにはまだ時間がかかるだろう。

 進んでいる方向は俺たちとは反対の方角だったし、このまま暫く隠れていれば見つかることはないな。



 数分後、一斉に鬼たちが立ち上がった。

 恐らく指揮受信で報告を受け取ったのだろう。

 姫様たちも同じように立ち上がり、前鬼の里へ向けて進んでいく。

 だが姫様はこういうことには慣れていないのか、少し疲れたような様子だった。


「ふぅ……」

「大丈夫?」

「ええ。大丈夫です……戦わなくて済みました」

「そうね。貴方の技能は特別だから、戦う時も絶対に無理をしちゃいけないわよ?」

「母様……それは母様だけには言われたくないです……」

「私は良いの」


 あれ? 俺の知らない会話で盛り上がっている。

 何が特別なのかわからないが……あんまり戦いたくはなさそうだな。

 まぁそりゃそうか。

 女の子だもんね。


 それに対してシムはやる気ですね。

 指をぽきぽきと鳴らしている。

 シムは本当に言動と行動が一致していなさ過ぎて少し調子が狂う。

 口調はおしとやかなのに……なんで男っぽいんだ。

 せめてどっちかに偏ってくれ。


「姫様。奥方」


 シムと姫様がの会話を遮ってウチカゲが割って入ってきた。

 俺は操り霞を発動させていなかったのでどこから来たのかわからず少し驚いてしまった。

 俺が驚いたのに気が付いたのか、姫様がキッとウチカゲを睨みつける。

 目隠しをしているため表情はよくわからないが……何故姫様が怒っているかわかっていなさそうだ。


 まぁ近くにいた姫様だけが、俺が驚いたのに気が付いたわけだしな。

 別に驚いてしまったくらいでそんなに睨みつけなくてもいいだろうに……。


 ウチカゲは未だ首を傾げているが、本題に戻すことにしたようだ。


「先ほどの敵兵は我らに気が付かず通り過ぎたようです。暫くは安全でしょう。しかしもうじき夜になってしまいます。野営の準備をもう少し先に行ったところですることになりました。姫様と奥方には大変申し訳ございませぬが……今宵は外で寝ることになります。ですが周囲には最大限気を配ります故ご安心くだされ」

「…………今日中に里には着けないの?」

「最低でも後一日はかかります」

「お布団は……?」

「持ち運べるだけの余力がございません。目立ちますし」

「お風呂……」

「川も近くにございませぬ故……ご容赦を」


 いやめっちゃズバズバ切り裂くじゃないか。

 おまけにめっちゃ喋るな。

 なんかこういうキャラって無口とか最低限のことしか話さない奴だと思うんだけど違うの?

 お前もうちょい黙ってろよそっちの方が箔が付くぞ!


 で……やっぱり姫様は我儘でした。

 知ってた。

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