2.30.移動
先ほどまでいた古ぼけた集落を後に、鬱蒼とした森の中を隊列を組みながら進んでいく。
中央に俺たち。
そして感知系技能を持った鬼たちが周囲に散開し、一定間隔を保ったまま同じ道を進んでいる。
これでどこから敵が来ても一早く情報が伝達できるという寸法である。
ここまで来る道中に聞いたのだが、テンダは『指揮伝達』と『指揮受信』という技能を持っているらしい。
名前からして完全に軍師系統の技能だと思うのだが……。
技能からしてもすでにリーダーとしての資質があると認められている様だな。
『指揮伝達』は、『指揮受信』を持っている仲間に念話で情報を渡すことができる技能らしい。
何がすごいってどんなに離れていてもこの念話は届く。
これなら何時いかなる時もすぐに対応することができる。
大将格ならこの技能は必須技能になるのではないだろうか?
しかし不便なところもあるようで、指揮受信を持っていない者には念話ができないらしい。
指揮伝達を持っている者の一方的な会話になってしまうようなのだ。
そうなれば自分が軍の見える位置をすべて把握しておかなければならない。
動かす位置を間違えてしまえば、修正もなかなかできなくなるだろう。今回は人数が少ないのでそんなに困るようなことはないが、人数が多くなればなるほどこの技能を扱うのは難しくなってくるはずだ。
もしかするとテンダは戦の時、この技能をうまく扱えなかったのかもしれないな。
その場の状況がどうだったのか、俺自身が見ていないので何とも言えないが……。
でも鬼が負けるって相当だよな……何があったのだろう。
今はテンダの『指揮伝達』のおかげでこの部隊が成り立っているのは事実だ。
魔物が見つかれば速攻で排除してくれている。
実際大した脅威も無く、確実に目的地に近づいているようだった。
唯一残念な所と言えば……狩った獲物を俺にくれないところだな。
狩った獲物は夕食にするらしいから無駄にはしないようだ。
俺もせがもうとしたのだが、そんな話を聞いてしまったら貰うわけにはいかない。
もちろん言えば貰えるだろうが……こいつらのことだ。
沢山捧げてくるに違いない。
そうすればこいつらが食べる分はなくなっちまうだろうからな。
今回は我慢だ。
因みに今、俺は姫様の肩に巻き付いている。
乗っていると言ったほうが正しいかもしれない。
俺は歩いてもよかったのだが、他の鬼たちが「白蛇様を歩かせるわけにはいかない!」と言い始めてしまい……結局姫様の肩に乗る形に収まった。
俺も結構大きいので重くないか心配だったが姫様に「白蛇様は見た目と違って随分軽いのですね」なんて言われてしまった。
流石鬼ですね。
とまぁ、そんな感じで進んでいる最中だ。
あ、勿論俺は鬼たち一人一人に挨拶しに行ったぞ。
姫様が独り占めしてしまったから随分士気が下がっていたからな。
俺が行くと機嫌を直してくれたのでよかったが……。
姫様にはもう少し自重してほしいものだ。
暫く歩いていると、奥方様が姫様のほうに近づいてきた。
どうやら俺に用があるらしい。
「白蛇様。申し遅れましたが私、領主である大殿の妻、シムと申します。で、あそこにいるのがウチカゲ。テンダの弟です」
ほう。弟だったか目隠し鬼。
随分暗い見た目をしているが……隠密が得意なのか?
形から入るタイプだったりして。
奥方のシムは見た目と相反して話し方は綺麗だな。
仕草は男っぽい所はあるが、こういう女性を見たことがないのでなんだが不思議な感じだな。
女性で男っ気があるけど口調は女性らしい。
少なくとも俺の前世では見た記憶ないね。
あったら絶対に覚えているだろうしな。
「何かありましたら遠慮なく申してくださいね。因みに前鬼の里までは後二日ほどで着くかと思われます。暫く野宿になると思われますが……ご容赦くださいませ」
それは別に構わないからいいのだが……問題は姫様だな。
まずこんな綺麗な格好してたらすぐに目を付けられてしまうぞ……。
あと箱入り娘っぽいから野宿とか難しそうだよな。
実際あの集落の一軒家に入れるだけでも相当苦労したんじゃ……?
まぁ憶測にすぎないんだけどさ。
そういえば……姫様の父である大殿様が見えないな。
紹介にもなかったし。
……あーこれもどうやって聞けばいいかわからんな。
絵文字では説明できそうにないし、これを聞くのは諦めよう。
あ、前鬼の里はどんなところなのだろうか?
これは何とか絵文字で説明して聞くことができそうだな。
水を作り出して家を数件、そして俺たちを作り出してその家に入るように動かす。
そしてクエスチョンマークを付けて完成だ。
さてどうだ?
「家? そして……この小さい人達は誰でしょう?」
「んー? 小さい鬼……私たちかしら?」
あ~……これは全く伝わってないですね。
流石にこれだけじゃ無理かー……村ってどうやって再現したらいいの?
柵で囲ってみるとか?
畑とかも作ってみるかー。
柵、家、畑、馬車、屋敷などを作ってできるだけ村っぽくして見る。
そしてもう一度俺たちを作ってその村に向かって歩かせる絵を書いてみた。
これで伝わらなかったら諦めよう。
「村? でしょうか……」
「また小さい鬼が出てきたわね。これってやっぱり私たちかしら?」
お、近づいてる近づいてる。
俺はその意見に頷いて正解だと言っておく。
その後にクエスチョンマークを村の上にもう一度立ててみる。
まずこのクエスチョンマークがこの世界で通じるかわからないのが問題だが……なんとなく雰囲気で察してくれ。
「この印は……なにかしらね」
「母様。白蛇様は今から行く村が気になっているのでは?」
さっすが姫様! 大正解だぜ!
俺の聞きたいことが分かったシムは、今から行く前鬼の里のことについて簡単に教えてくれた。
「名前の通り前鬼の里は私達と同じ鬼が住んでいる里です。その里は昔、前鬼という鬼が作り上げたことからそう呼ばれるようになりました。私達の住んでいた里とも交流があり、度々訪れては酒盛りをした記憶がございます。勿論そのためだけに行くのではありませんよ? 前鬼の里の長であるライキは城作りがとてもお上手なのです。建城の勉強のために行くこともしばしばありました」
前鬼の里の長は城が好きなのかな?
俺も嫌いじゃないぞ。
俺は実践をしたわけでも見たわけでもないので何とも言えないが、俺の前世での話では書物に書かれている兵法は机上の絵空事として笑われていたっけか……?
ま、その当時は平和ボケしたらしいしな。
口伝が廃れてしまうのは当然であるし、本当の兵法を知る人物なんて極々一部だろう。
そう言った人は本とか書きそうにないしな。
そうなってしまったら言ったもん勝ちさ。
にしても名前がライキか……。
漢字にすると雷鬼かな?
名前もやっぱり日本っぽくなってんだよなぁ。
マジでどうなってんだこの世界。
こうしてみると此処が異世界ではないような気がしてくるな。
まぁ俺が蛇っていう時点で異世界確定してるんですけどね。
「前鬼の里は私たちの住んでいた茨の里よりも鬼の数は多いですね。里というより一つの城下と言ってもいいかもしれませんね。それに役職もきっちり分かれています。畑を耕す者、狩りをする者、家を建てる者、服を作る者もいれば外交をしに旅立つ者など様々な鬼がいますよ。皆良い鬼たちばかりで私たちが訪れた時はいつも歓迎してくれます」
へー、結構きっちりしているじゃないか。
確かにそこに行けばこいつらも受け入れてくれそうだな。
里の長は城作りが得意っていうことだし、守りに入れば強い場所であるのなら安全性は確保されるだろう。
流石にしばらくは慣れないだろうけど、元の里を再建させるためにも頑張ってほしい。
そのまま永住するかもしれないけど、それはこいつらの意志だし、俺が首を挟む事案ではないだろう。
「母様。他に何か白蛇様に伝えるべきことはありますか?」
「んーそうねぇ……。前鬼の里のことについてはこれくらいしか私にはわからないわ。実際に住んでいないもの」
「そうですか……。私もあまり前鬼の里にお邪魔したことはないのでこれくらいしかわかりません。後は白蛇様が直接見る方がよろしいかと思います」
ここで全て聞けるとは思っていないのでその辺は問題ない。
俺的には城作りが得意な里の長ががいるということだけわかれば十分だ。
俺もそういったものに興味があるからな。
是非とも見て回りたいところだ。
ただ欲を言えば里の近くに何があるかを知りたかったな。
これもどうやって聞けばいいかわからないので聞く事は諦める。
テレパシーとかがあれば良いのだが……そんな便利技能は手に入れてない。
いつかは手に入れたいが蛇路線では手に入れられそうにないよな。
せめて龍に近い存在になってからだろう。
そう言えば俺は龍になっちゃうけど、それでもこいつらは俺のことを慕ってくれるのだろうか。
流石に信仰対象をコロっと変えることはないだろうけど……その辺が少し心配だなぁ。
せめてお米を食べるまでは良くしていたいな。うん。
突然姫様とシムがぴたりと止まった。
何事かと思い周囲を確認してみると他の鬼たちも止まっているようだ。一体何があったのだろうか?
「すいません白蛇様。敵の様です」
なんと。
こんなに慎重に森の中を進んでいたというのに敵に見つかってしまったのか?
あれ? だけど見つかったにしては騒がしくないな。
それにウチカゲの情報と違う。
全く別の部隊だろうか。
「白蛇様。身を潜めます。幸いまだこちらには気が付いていないようですのでこのままやり過ごしましょう」
まだ見つかっていなかったか。
だが今鬼たちは散開しているから見つかる可能性は高いな……。
とはいっても今から動けばそれこそ見つかるかもしれないな。
ここは鬼たちを信じよう。
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