2.29.鼓舞激励
姫様とテンダは、移動することが決まるとすぐに身支度を整え始めていた。
俺はとりあえずついて行くことにしたのだが……その時のこいつらの喜び様が凄かった。
姫様は俺に抱きついてくるし、テンダはテンダでめっちゃ喜ぶし……。
まぁいいけどさ。
本当なら別について行かなくても問題は無いのだが……折角仲良くなったんだし、俺の事を鬼たちが憶えていてくれるならまた会ったとき何かしらよくしてくれるだろう。
とりあえず他の鬼の里までは一緒に居てあげてもいいだろう。
「白蛇様。移動の件なのですが、少々危険な道を歩きます。本来ならば街道を通って鬼の里に行くのですが、俺たちは追われている身なので出来る限り目立たない道を通ります。魔獣が出るかも知れませんが、俺たちは魔獣ごときに引きはしませんのでご安心ください」
ってことは森の中を進むのかな?
俺としてはそっちの方が逆に有難い。
道中見つけた獲物を食べることができそうだからな。
まぁ俺が手を出すこともなく鬼たちに瞬殺されてしまいそうだけどな……。
説明をしてくれた後、姫様とテンダは押し入れに隠してあった武具と武器、そして一抱えほどの荷物を持って部屋を出た。
俺も二人の後を追ってついていく。
部屋を出ると二人の鬼が出迎えてくれた。
二人とも紫色の防具を身に着けていて、一人は黒色の一本の角があり、もう一人には赤色の二本の角が生えていた。
二本の角が生えている鬼は女性のようだ。
一本角の鬼は男のようで、目隠しをしている。
前が見えているかどうかは置いておいて、割と普通にかっこいい印象を受ける。
扱う武器は熊手のようなもので、両方の籠手は肘を覆いつくすように作られており、鋭い鉤爪が付属されている。
どうやら籠手に直接くっついているかぎ爪のようで、使用しない場合は肘のほうに上げることができるらしい。
面白いカラクリ武器だ。
二本角の女性の鬼は何処か姫様に似ていた。
多分この人が姫様の母親なのだろう。
だが女性にしては男らしい格好をしている。
紫色の防具を着ているのは隣にいる一本角の鬼と大差ないのだが、羽織っている服は黒い毛皮の羽織だ。
紫色の防具と相まって毒々しい。
首辺りには狼の毛のようなものがあしらえており、羽織の裾にはキーホルダーのように牙が幾本もぶら下がっている。
狩った獲物の牙を飾っているのだろうか……。
女性の鬼は俺達に気が付くと、片手をあげて軽く挨拶をした。
動きから男らしさが伝わってくる。
「奥方様。準備整いました」
「よし。じゃあ行きましょ……? え?」
テンダに奥方様と呼ばれた鬼は俺を見つけて固まってしまった。
隣に居る目隠し鬼も同じように俺を凝視して固まっている。
お前それ見えてたのか。
顔文字作っとこ……「( =ω=)ノ」。
「なん……なん……だと……?」
いやそんなこの世にいないものを見たような目で俺を見てくるのやめていただけませんかね奥方様
つーか目隠し鬼、お前喋れたんか。
なんか陰湿なキャラかと思ったから喋らないのかと思ったよ。
おっと、これは少し偏見かもしれないな。
考えを改めておこう。
「奥方様、ウチカゲ。気になるかとは思いますが話は移動しながら致します」
「え、ええぇ……うそぉ……」
「母様!」
「……は! そ、そうね! 絶対に話しなさいよ! ウチカゲ! 他の者は?」
「各々出立の準備を整えておるはずです。すぐにでも集まるでしょう。行く先は前鬼の里に決まりました。あの場所であれば我々でも受け入れてくれるでしょう」
「ウチカゲ、敵の数は?」
「二百ほど」
一瞬固まっていたが……この様子なら大丈夫そうだな。
で、この二本角の女性が姫様の母親であってそうだな。
一本角の目隠し鬼はテンダの弟か兄か?
目隠しのせいで顔が似ているか似てないかがわかりにくい。
流石に聞かなければわからないな。
暫くの話し合いの後、この家を出て他の鬼達と合流した。
既に隊列が組まれており、俺達を待っていてくれたようだ。
動きが速い。
だが俺が現れたことでその場は一瞬で大騒ぎになった。
無理もないだろう。
伝承でしか語られていなかった白蛇が目の前に現れたのだからな。
テンダは騒ぎを鎮めるのに勤めている。
だがそれでも鬼たちは歓声を上げているようだ。
おいおい……騒いじゃまずいんじゃないのかよ……。
お前らとりあえず追われている身だろ?
もう少し自覚を持った方がいいと思うのだが。
「あわわわ」
姫様、情けない声出すな。
こういう場所慣れていないのか?
「んん……仕方がない……道中に白蛇様の話を聞かせようと思ったが……ここでしてしまったほうがいいかもしれないな。ウチカゲ。敵はどれくらいでここに来る?」
「後二日はくだらない。急いだほうがいいのは確かだが、白蛇様の説明を聞かねばむず痒い者たちもいるのではないか?」
「……お前も聞きたいだけだろそれ」
「然り」
めっちゃ素直じゃんこいつ。
そのことにテンダは少し呆れているな。
テンダは皆にこれから俺の説明をすると言い放つと、一瞬でその場が静かになった。
その団結力をほかの所で是非とも生かしてほしい所だ。
「皆も見てわかると思うが、ここに来て白蛇様が俺たちの前に来てくださった。伝承通り、白蛇様は言葉を理解しなさる。しかし伝承とは少し違うところがあった。俺達の知る白蛇様は、手をだしてしまったり悪いことをすれば呪いをかけられるという物だったが、それは誤りだ。本当の白蛇様はとてもお優しい。気やすく話しかけてもお怒りにはなりはしないだろうが、節度をもって接するように」
お、テンダの奴、俺が回復技能を使えることを隠したな。
まぁこのことを知っている者が増えれば増えるほど情報漏洩の確率は上がるからな。
出来る限り迷惑をかけないようにというテンダなりの気遣いなのだろう。
これはありがたく貰っておくことにするか。
だがそのおかげで気やすく鬼たちに回復技能を使うことができなくなってしまったな。
すでに結構ボロボロだし疲れているように見えるが……。
うん。危なくなったら流石に助けてやろう。
テンダもそれくらいなら許してくれるだろう。
「出立する前に話がある。聞いてくれ」
急にまじめな表情で鬼たちにそう告げる。
その雰囲気を察知した鬼たちは静かになり、テンダが口を開くのを待っていた。
「我々は此度の戦で多くの者を失った。家も家族も……故郷すらも失ったのだ。今はこれだけの民しかいない……。皆の士気も落ちているのはわかっていた。皆辛かったであろう。だがそれでも俺達をここまで守ってきてくれたことを俺は嬉しく思う。感謝する」
テンダは頭を深く鬼達に下げた。
その光景を口を開けて見守っていた鬼たちであったが、「当然のことをしたまで!」、「頭をお上げください!」とテンダに向かって言うのだが、テンダはなかなか頭を上げる気配はない。
流石に奥方様や姫様も驚いていた様だ。
ようやく頭を上げたかと思うと、今度は俺に向かって跪いた。
「だがそんな中、白蛇様が俺たちの前にお出でになられた。伝承では白蛇様が鬼である俺たちの前に現れたということは、白蛇様が俺たちの行く末を守ってゆくものだとされている。だが勘違いをしてはいけない。白蛇様は見守るだけで自ら手を下すことはない。俺達の祖先様たちは自らの力のみであの境地を乗り越えてきたのだ。良いか皆の者! 白蛇様のお手を煩わせることはこの俺が断じて許さん! されどしかとお守りせよ! よいな!」
「「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」」」
「白蛇様。暫くのご付き合いのほど、よろしくお願いいたします」
感情が高ぶっているのか、テンダの周囲の空気がピリピリしていた。
テンダに続き、他の鬼も俺に跪き始めた。
こういう時どうしていればいいのかわからないが、蛇なので表情が読み取られる心配はないだろう。
テンダの奴……俺を士気を上げさせるのに使いよったな。
悪い気分ではないので別にいいけどね。
でもやっぱりこいつ、次期殿様になれる人材かもな。
出会い頭弱そうとか思ってすまんかった。
だけどテンダの言った「暫くのご付き合いのほど」という言葉が少し引っかかるな。
確かに俺はついていくとは言ったが、ずっといるとは言っていないからな。
テンダはそのこともわかっているのだろうか?
いや、流石にないだろ。意味的には前鬼の里に着くまでの道のりのことを言っているのかもしれないしな。
ちょっと危険な道を歩くって言ってたし。
「はい!」
「ど、どうしたのですか姫様?」
ちょっと空気が読めない子なのねこの子。
なんとなくわかってきたぞ。
流石に姫様相手に空気を読めなんていう奴はいないだろうが……ちょっと呆れ顔の鬼もいるな。
その気持ちよくわかるぞ。
でもそのおかげかどうかは知らないけど、テンダの放つ空気が収まったな。
何かあれやばそうな技能な気がするんだよねー。
「白蛇様のお世話は巫女である私がいたします!」
「え!? あー……えっと。な、なるほど。そういう話でしたか……」
おーい姫様ー?
おーーーい。
お前っお前おま!
お前たちにとって特別な存在である俺を独り占めしようってか!
それは反論されるぞ!?
ほっらテンダが口ごもってるじゃないか!
姫様だからって何でもしていいわけじゃありませんよ?
大体そんな簡単に意見が通るとでも──。
「いいんじゃないかしら?」
奥方あああ!!
娘甘やかしてんじゃねぇぞ!
あんたが最後の砦だろうがよ!
あんたが認めちゃったら全員納得するしかなくなるのわかってんのか!?
あーあ……駄目だこりゃ。
もう全員諦めモードだね。
おーい、士気下がってんぞー。ずーんって下がってんぞー。
……はぁ、仕方がない……後で俺が各々回ってやって元気づけておいてやろう。
「やった! 有難う御座います母様!」
「その代わりしっかりお守りするのよ?」
「はい!」
姫様は嬉しそうにはしゃいでいる。
テンダとウチカゲは困ったように手を額に当てているようだ。
もしかすると随分長い間、姫様の我儘に付き合わされていたのかもしれない。
こんな危機的状況でも自分を通せる姫様に俺は尊敬の目を向けたくなるよ。
しかし……何だろう。逆に俺が守らなきゃいけない気がするのは気のせいか?
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